2014年12月31日水曜日

美容室でのおしゃべり

美容室で無駄なおしゃべりをしない美容師さん、および、お客さんが増えていると思う件

 これは体感として絶対そうだね(^_^) いい感じだと思います。
 美容師学校の教育内容も合わせて変わってきているはずだと思う。男性美容師がすごく増えたことも理由のひとつにあるのかも~。

 わたしも美容室ではしゃべらない派。美容師さんにはプロとしての敬意をこめて、その技術にお金を払いたい。

「雨が降っていませんでしたか?」
「まだ大丈夫ですよー!」
 くらいは愛想よく話しますが、美容師さんが施術を行うにあたり必要なことを相談したら、あとは静かにしています。ほかのお客さんを見ても、そんな感じの人が多いかなあ。
 若い男性美容師は若い女性とは話しやすいらしく、ちょっと雑談をしていることはあるけれど、それも長くは続かない感じ。延々とおしゃべりしているのは中高年の女性だけみたい。
 その人の家族構成からお墓の場所まで全部つまびらかになってしまうのココロよ(笑)
 まあ、その人が楽しそうならそれでいいんですけどね。聞こえてくるのは別にイヤではない。でも自慢話が続くのはちょっとイヤかな(笑)
 聞かされて持ち上げなければいけない美容師さんも、じつはちょっとつらいんじゃないかな。

 美容室で閉口するのは「身上調査ですかね?」っていうくらい、根掘り葉掘り聞かれるとき。なんの興味もないのにそれを聞いているでしょう? と思うので、きっとそのお店のサービスなんでしょうね。無理しなくていいのにネ。

 そこで「美容師さんはなぜおしゃべりするのか」web検索してみました。
 おまえヒマそうだな? そう、今朝はヒマだったから(^_^)

 単刀直入な質問と、それに対する「どストライクなストレートの剛速球」返答があり、質問&返答どちらも笑わせていただいた。内容が派手なので、興味のある方だけこちらをどうぞ。


「Yahoo! 知恵袋」 美容師さんはなぜしゃべるんですか?




作監心得

作監心得

 これは天才といわれる先輩作監たちの言葉をまとめたものです。多くはわたしが新人動画時代に聞いたもの。
 だから直に薫陶を受けたものではなく、天才が後輩作監に教えているところを近くで聞いていたり、あるいは作画室で作監や原画に向け雑談に交えて話す内容をおぼえたり、天才の講義に出かけてメッセージを受け取ったりした言葉です。

 当時、作監は本当に突出した力のある人しかなれないものとされていたし、周囲にいた作監は桁違いの天才たちだったから、わたしは自分が作監になるとは思っておらず、「作監心得」を一般アニメーター向けに置き換えて心に刻んだにすぎない。

 ではまいりましょー(^^)


作監心得

・誰よりも多く働くこと。なまけない。

・動きを直さない人を作監とはいえない。動きがわからない人に作監は出来ない。

・顔だけ直す人を作監とはいえない。キャラ似せ屋さんなら誰でも出来る。

・タイムシートも見ない作監になってはいけない。動きに興味がない人をアニメーターとはいわない。

・(その作品での)チーフ・アニメーターとして、後輩のめんどうを見ること。

・(その作品での)チーフ・アニメーターとして、他のアニメーターの模範となる仕事ぶりであること。

・(その作品での)チーフ・アニメーターとして、他工程からも信頼される仕事ぶりであること。

・後輩や新人をみる立場である場合、アニメーターに向いていない人には、やめたほうがあなたのためであると伝えてあげることも時には必要。これが出来ない人は、管理職(作監、動検など)になるべきではない。



 以上ですが、当たり前すぎておもしろくもなんともないですね。とはいえ、こんな当たり前のことも、口に出して伝えてもらわないと、意外と自分で明確に言語化するのはむずかしいです。
 先輩の教えって、やっぱり大切だと思います。思いました。思っています。はい。

 いまほど絵が細かく線が多くもなく、絵を描くことにそれほど時間がかからず、絵を描けるのは当然であり、その上でアニメーターは演技と動きを最重視すべきだという水準における「作監心得」だ。

「動きは上手いがキャラはいまひとつ似ていない原画と、キャラを似せるのは上手いが動きが描けない原画の、どちらを使いたいと思う作監がよい作監か?」という問いかけもあった。
 巨匠の答えはこうだった。
「絵は秒単位で描き直せる。しかし、動きや演技を一から作り上げるのは時間がかかる。ぼくは動きが描ける原画を使いたい」
 人間も動物も自然現象もメカも、縦横無尽に動きを描き出せる人がこう言うのだから、動きや演技はむずかしいんだなぁって、わたしは思って聞いていた。


 ただし、微妙な演技をさせるときには、原画の絵がキャラクターを含めてかなり正確に描けている必要があるのは確か。
 細かい動きの場合は、キャラクターも限りなく合っていたほうが、原画で狙った動きが作監修正で壊れない。
 楽しい動きを作っていく時は、絵を全修してもたいした手間ではないですけど。

 でもまあ、微妙な動きを正確に描こうとする原画さんは、絵も可能な限り正確に描こうとしているので、全修になることはまずないんですけどね。全修になったとしても、その原画さんの絵で、キャラが正確に統一的に合っていないだけなので、どこが違うかわかれば同じパターンで修正していけるから非常に楽。このタイプの原画はメチャメチャありがたいです。


 ちょっと横道にそれましたが、キャリアのある作監の皆さんは、作監心得を早くから若者に教えてあげるといいと思うんです。自分で探すより聞いたほう早いですからね。聞いたことを守るかどうかは本人の自由でかまわないと割り切って、気楽に教えればいいんじゃないかなーと。

 作監は管理職であるというレクチャーを、若いアニメーターは受けていないでしょ? 管理職研修って必要だと思うんですよ。一般企業と同じくね。
 どう考えていいのか、どういう態度をとればいいのかわからないときの指針としてね。

 プロデューサー諸氏にもお願いしたいのですが、制作の立場や考え方、作監はこうあるべきと制作は思う、こうしてほしいという希望を、作監に教育してあげてほしいと思います。作監を起用するのは制作側の判断なんですから、とくに初作監のときなんかはそこを最初に教わっているかどうかが、とっても重要だと思います。

 アニメーター側からすると、そういうことをプロデューサーから教わっておきたいと、心から思う。スタッフの教育ってプロデューサーの仕事のひとつだと思ってお願いします(^^)
 ねっ!





2014年12月30日火曜日

はからずも年末の大掃除

はからずも年末の大掃除

 わたしは「チョコチョコついで掃除」というのを習慣的にしているので、年末だからといって大掃除するような必要はないのです。
 が! なんと冷蔵庫の小麦粉入れをひっくり返すという、しなくてよいミスをしてしまいましたー! 冷蔵庫中が粉だらけΣ( ̄ロ ̄lll)
 冷蔵庫の棚を全部取り出して洗う羽目に。まあ、大掃除だと思えばいいかと思い、洗ってセットし直してみたが、もともときれいだったので掃除した違いがわからない。

 小麦粉って、あまり被害が大きくないね。食用油だったらかなり手間取ったと思うけどね。




アニメーター(フリー)でもカードが作れる時代

アニメーター(フリー)でもカードが作れる時代

「クレジットカードを作りませんか、作りませんか」と勧誘された。
 個人的には必要なだけのカードがあれば、それ以上はいらないと思うのだが、ちょっとデザインはいいと思った。ただし、申し込んでも審査で落とされるかもしれない。
 フリーアニメーターなどというのは、社会的に見たら無職で定期収入がないことと同じだから。

 配偶者が会社員なら、無収入の専業主婦、主夫もカードを作れるが、アニメーターは作れない・・・ことがわたしの周囲でも過去によくあった。

 でも時代は変わったようだ。いろいろ理由はあるのだろうが、無職でも無収入でも学生にさえ、とにかく誰にでもクレジットカードを作らせたいようなんですよ。セレブの証と言われたあのアメックスでさえ。

 大手のカード会社サイトに行くと、2つの質問に答えるだけで「作れます!」と返事するフォームがあったりで驚きです。
 そして恐ろしいことに「1回払い」を指定しても、自動的にすべてリボ払いになるカードがけっこう存在する。かつキャッシング枠をゼロにすると作れないが、キャッシング可能な設定にすればカードが作れるんですね、いまは。

 なにがなんでもお金を貸したいようですねー。
 わたしは小心者なので借金はこわい。金利の複利計算をしたら、とてもアニメーターの稼ぎでは返せないのが明白だものねー。

 アニメーターはリボ払いとか、キャッシングとかしないほうがいいと思うんですけどねー(^^;)

2014年12月14日日曜日

アニメーターの才能 その見つけ方 【新人研修・新人動画編 2】 

アニメーターの才能 その見つけ方 【新人研修・新人動画編 2】 

 とことん動かすことに向いていない新人アニメーターを見た時、採用試験で向き不向きを完全には判断できないことを、いつも残念に、そして気の毒に思う。


 アニメーターに向いていない新人をいくつかに分類すると、おおむね以下のようになる。
1)基礎力が足りない。動かすこと以前に、絵描きに生まれついていない。
2)画力はあるが、動かすことに興味とセンスがない。
3)画力も動かすセンスも優れているが、本人は動かすことに興味がない。


それぞれのケースをについて述べる。

1)基礎力が足りない。動かすこと以前に、絵描きに生まれついていない。

 これは採用試験の書類審査や実技試験で判断しやすい。そもそも一定水準以上のポートフォリオや、何冊かのスケッチブックを提出できない時点で絵描きではない。
 学生などからよくある質問で「絵を描いたことがないけどアニメーターになれますか」というものがあるが、これは論外。そう言っている時点で、絵を仕事に選ぶという発想がおかしい。
 先に述べたとおり、アニメーターという絵描き集団には、クラスで1番の子だけが集まってくるからなのです。
「スポーツしたことないけど、野球選手になれますか」と同じ質問だと思うんですよね。

 こういう方は絵を描くことがしんどいと思います。無茶をしないで、ほかの仕事をしたほうが自分のよいところが活かせるのではないでしょうか。

2)画力はあるが、動かすことに興味とセンスがない。
 ポートフォリオで傾向は見えることもあるのだが、絵の表現力やセンスを買われて採用されてしまうことが多々あるケースだ。止め絵指向のポートフォリオだが、描かせてみると動きに才能を発揮する場合もあり、採用試験での判断がむずかしい。
 動かすセンスがなかった場合は、1週間の研修で、教える側にはわかってくる。

 しかし、絵がそれなりに描ける人は、人間が動いたときの状態についても観察できている場合が多く、動きのセンスと興味がない、ということを、なにより本人が気づくのに遅れる。
 このタイプは職業絵描きというアニメーター職種にとって、最初のハードルである「きれいな線を引く」ことを軽々とクリアする場合が多いため、早めに指向性の違いを発見するのがむずかしい。
 とはいえ、アニメーター経験は本人の絵描きとしての将来に、有利に働くことがないわけではなく、アニメーターを辞めても傷は浅いといえるだろう。

 最初からイラスト的な細かい絵を描いている人の場合は、「止め絵指向」である可能性が高いと察することもできるが、非常に判断をむずかしくするケースもある。本人の描く絵が生き生きとして楽しく、たいへんアニメーター向きに見え、かつ本人も「動かすのが楽しい」と思い込んでいる場合だ。
 このタイプを採用試験で見抜くことはまず出来ない。本人も勘違いしてアニメーターになっており、仕事をしてみたら「どうしてこんなにつらいのか」と愕然としたりする。周囲でも見抜いてあげられないため、「どうしてこのていどの動きがわからないのか」と理解に苦しむ結果となる。

3)画力も動かすセンスも優れているが、本人は動かすことに興味がない。

 これはもうどうしようもないですね。出来るだけ早く本人の興味に沿った方向へ転換するのがよいと思いますが、なにしろ仕事は出来ているので、周囲が決めるのではなく本人だけが決めることだと思います。
 このタイプは、才能に恵まれているだけにまれですが、いることはいます。見ていると仕事の理解も早く的確で、プロの絵描きが身につける必要のある技術を軽々とクリアし続けていくだけの能力があります。
 したがって仕事では役に立つアニメーターですし、周囲の期待も高いのです。

 だが、「動かすことに興味があるかないか」という、深い深い海溝をどうしても超えることが出来ないため、才能を惜しまれつつ辞める、というパターンで決着します。うらやましいとか、もったいないとか、そういったことは周囲が言ってもしかたのないことですね。
 ほかで適所を見つけてくれたら、本来の才能を活かして、本人にとっても楽しく仕事ができると思います。興味のないことを続けるのはもったいないタイプですよね。


 もしアニメーターになってはみたが、「なんかちがうなー」と思っている方がいたら、「本当にアニメーションに興味があるのかな」と考えてみるといいかもしれませんね。
 初期段階で「動かすこと、動くことっておもしろい!」と思わないのであれば、今後も興味を持てないのではないかなあと。
 若者の時間は貴重です。興味のないことをしていてはいけないと思いますよ。自分がしたいことに向かっていったほうがいいと思う。

 どのみちアニメーターはもともと雇用されてはおらず、辞めたからって何も困ることはありません。永久保証されている公務員と違い、ご家族も全然反対しないはず。
 また興味が出たら戻ってくればいいじゃないか。深刻に考えないで、好きなことをしましょう、とおすすめしたい。






2014年12月13日土曜日

アニメーターの才能 その見つけ方 【新人研修・新人動画編】

アニメーターの才能 その見つけ方 【新人研修・新人動画編】

総論

 新人アニメーターの採用は「動かすセンス(才能)があるかどうか」を最重要視して行う。キャラクターを動かすためには画力が必要なので、あるていど絵が上手いことが絶対前提条件でもある。

 だが、多くの優秀なアニメーターが語っているように、どれほど工夫を凝らした採用試験を行っても、試験でアニメーターの才能はわからない。残念ながら、これは本当にわからない。
 この場合の「残念」は、動かすことに向いていない人をアニメーターとして採用してしまい、教える側も苦労はするが、最大の問題は、採用された新人につらい思いをさせただけで、退職せざるを得ない結果となってしまうことだ。
 採用試験でわかればと、新人にとって気の毒でならない。

 そしてこれも多くのアニメーターが語ることだが、採用試験でわからない才能の有無も、研修なり仕事なりを始めると1週間でわかる。
 1週間以内に、新人の描いたものを見て、「この動画(あるいは研修課題)は、どうなんだろう……」と、ひっかかるときがある。そうはいっても、気になったとたんに1週間で「向いていないから、早くやめたほうがあなたの時間を無駄にしない」と言ったとしても、さすがに言われた新人も納得できないし、見ているこちらも新人にできればがんばって続けてほしいという気持ちがあるため「たまたま失敗したのかもしれない」と思い込もうとする傾向があることを否定できない。

 しかし、この「ひっかかり」は、経験的に100%の確率で、最終的には正しい。

 1週間で「この動かすセンスのなさはなんだろう」と感じた場合、おおむね2週間後くらいには新人のほうで音を上げる。
「ついて行かれそうもない。向いていないと感じるので、やめようと思う」と、新人のほうから言ってくる。

 10時-6時の勤務時間で、かつきちんと教える人的体制が整っている状況であってもそう言ってくるので、これは体力的な問題でも人間関係の問題でも、すさんだ仕事環境におかれたからでもなく、新人本人が能力の限界を感じたということだろう。

 動かすことがつらいのだ。

 アニメーターに向いている新人の場合、同じ時期に、動かすことはおもしろい! と感じている。


「やめたい」という新人がいたとき、わたしは基本的には引き留めない。本人が「つらい」といっているのに、どれほどつらい思いをしているのかわからないこちらが気楽に「大丈夫だよ」などとはいえない。
 人様の将来には責任を取れない。
 明るく前向きな気分になれるよう、励まし、ほかの業界へ送り出す。

 才能がないために何年も苦労している人をたくさん見ていると、アニメーターを辞めるなら早いほうが傷が浅いと心から思う。
 性格のよい子ならなおさらだ。ほかの仕事をしたほうが、よほど本人のためにも社会のためにも有効だ。

 無理をしてアニメーターを続けるのは人生の無駄以外の何ものでもない。アニメーターなんて、しょせん娯楽産業の1職種です。そんなに無理して続けるような仕事ではないでしょう。
 社員採用の場合でもそう思うから、ほとんどの新人がそうであるように、出来高制業務委託契約などという立場で働くことになるアニメーター職種は、辞めても辞めなくても、どのみちなんらの保証もなわけですから、無理をしてしがみつく必要など感じません。

 新人本人の将来の幸せを1番に考えてあげたいと思う。







2014年11月27日木曜日

アニソンの・・・

アニソンの・・・

 アニソンのカラオケ・レパートリーを増やそうと思い(←あまり本気ではない)、気に入っている「天体戦士サンレッド」の歌をよく聞いている。OP「溝の口太陽族」と続OP「続・溝の口太陽族」ですね。
 この歌、バカバカしくてローカルで、好きなのだけど、部分的にラップみたいになるので非常に歌いづらい。





 
 いにしえの名曲としてはフルオーケストラでささきいさおさんが歌う「宇宙戦艦ヤマト」かな。でもヤマトは音域がかなり広くて、途中でキーを変えないとどうしても声が出ないところがむずかしい。




 ヤマト以前のアニソンは児童合唱団が歌っているようなものが多くておもしろくない。現在のようにアニメのOP曲が、新人アーティストの宣伝に使われたりはしていないですから。
 ヤマト以前でカッコイイアニソンというと、ルパンのEDくらいしか思いつかない。




 わりとよく覚えているのが、特撮ものですが「宇宙刑事ギャバン」の歌です。とにかくJAC大葉健二さんのアクションがカッコよかったので、アニメーターとして(←うそじゃないよん)アクションの勉強に何度も繰り返し見ていたら、歌も覚えたのですね。
 ギャバンのLPレコード(←若者は知らないと思う)まで持っていたので、挿入歌も含めて歌えます。歌手・串田アキラさんの声が少し高めでキーも合うんですね。


「宇宙刑事ギャバン」は、和服美女で有名になった女優・叶和貴子さんの黒歴史番組でもあります(^^;) ギャバンの恋人役宇宙人ミミーでヒロインを演じておられました。叶和貴子さんが黒歴史と思っているかどうかは存じ上げませんが、おそらく触れられたくない過去かなあって、勝手に思っています。



 ということで、ふと思い出し、調べてみたアニソンで「コブラ」が記憶よりはるかにカッコイイ歌でした。さすが前野曜子さん、すんばらしい。
 前野曜子さんが歌っているアニソンはみんな好きですねー。ブルース系はカラオケするにはちょっとむずかしいですけど。


 

 アニソンではないですが、いまテレビで流れているアンドロイドのCM、アニメ部分が楽しいですよね。ああいうのやってみたいなあ。





2014年11月23日日曜日

カードキャッシングの地雷(バナー広告)が異常に多い

カードキャッシングの地雷(バナー広告)が異常に多い

 世の中はこんな風になっていたんだーと驚いたのでLogにしよっと。

 都内主要駅を出ると、駅前にサラ金の看板がずらりと並んでいた時期がありましたよね。いまは比較的目立たないようになっていますが。
 駅前の一等地で名前の知られたサラ金の看板がすべてそろっており、1番目立つというのは、多くのみなさんがそれだけ気軽にお金を借りているということなんだなあって思って、暗い気持ちになったものです。

 早稲田大学の近いJR高田馬場や、東京大学のお膝元・地下鉄本郷三丁目の駅前など、どこの学生街でも駅前にたくさんの「学生ローン」という消費者金融が立ち並んでいますね。あの風景も美しくないなあ。

 現金を借りるということは、ローンで家を買うこととは違うと思うんですよねー。


 なぜそんなことを言い出したかというと、ネットを見ていて背筋が寒くなったから^^;

 webでニュースや画像を調べていると、あらゆるところで「カードキャッシング」の広告に行き当たります。多くは「登録してカードを作るだけで2000ポイントもらえます」といった撒き餌付です。まずはその2000ポイントがいったいなにに使えるのか、いささか興味を持ったので追跡調査してみました。
  すると次のような形態が一般的でした。
・2000ポイントは、自由に使うことが出来る金券などでは200円くらいの価値になる。ゼロを増やしてインフレをあおっているわけですね。
・現金がもらえることはまずない。提携しているサイトのキャンペーン商品やモニター商品を購入するときの値引きになる場合が多い。
・とはいえ値引き分の倍額くらいはする商品を購入しなければ2000ポイントは使えない。

 つまりすべてではないが、多くの「ポイント贈呈」は、それ以上の、特に緊急性のない商品を買わないと使えない仕組み。
 しかも念が入っていて、200円の金券に変えるためには5000ポイントまで貯めなければならず、ポイントをためるには商品を買わなければならない。

 これ、ニュースでよく聞く「還付金○○」と似た構造だと思ったのですが・・・^^;

 もちろんカードキャッシング専用のカードを作ってもらうことが最大の目的であることは自明の理です。この「キャッシング専用カード」の特徴は以下の通り。

・審査が簡単。保証人も担保も不要。免許証くらいは必要。
・キャッシングとは、日本語で言い換えれば「消費者金融」のことですね。
・キャッシングは迅速。その日のうちに現金が借りられる。とても気軽に借りられる、というのがカードキャッシングの売りです。
・無担保で500万円くらいまで借りられます。
・金利は4%~18%と非常に高利。これは銀行系キャッシングカードも同じ。

 安直さがすごいなーと・・・。


 住宅ローンの場合は、購入した不動産に融資銀行が第一抵当権をつけますから、つまり不動産そのものが担保ですね。それと審査もわりあい細かいので所得証明も出さなくてはなりません。
 かつ連帯保証人も立てます。これはいまどき連帯保証人なんかになる人はまずいないので、多くの方が、手数料を支払い、公的機関の保証人制度を利用します。
 ともあれ、保証人と担保はそろえるわけです。これが借金をするときの最低限の条件かと思います。

 それがカードキャッシングでは、なにもない。無担保で500万円貸すバカがどこにいるかと、貸す側に立ってみると思うのですが、それを補ってあまりあるのが高金利でしょうね。そうとう儲かるのでしょう。
 何百年も昔から貸金業はメチャメチャ儲かるらしいですもん。


 しかもいまの消費者金融って人に会わなくても現金が借りられ、スマホでも申し込みが出来ちゃうので、借金をする心理的敷居は低いでしょうね。

 個人的には、わたしはカードローンも消費者金融もリボ払いも、絶対しない派です。リボ払いが貸し金と一緒になっているのは、金利が同じくらい異常に高いからです^^;

 いま銀行の普通預金年利は0.02%で、100万円預けると年利が200円です。こんな金利は一度でも手数料のかかるATMを使ったら赤字になります。
 対してキャッシング(リボ払いも同じ)の年利は4~18%という、貸す側からすると夢のような高金利。
 借りる側では、100万円借りると年利で118万円返済しなくてはなりません。

 なので、わたしはずっとサラ金はお金持ちでないと借りられないと思っていた。いまも思っている。わたしには100万円借りて18万円の利子をつけて返すようなお金はないよ。
 18万円稼ぐのに何カットの原画を描かなければならないのかと考えれば(笑)、もったいなくてそんな無駄なお金は使えない。


 でも本当は誰でも知っていることだけれど、実際に消費者金融から借金する人はお金持ちではないことが多いんですよね。となるとこれもまた、わたしには、非常に無謀な行動に思えるのです。

 お金に困っている人が高金利を返済できるわけがない。論理的にそうでしょう? 時代劇を見るまでもなく。
 遊興費にキャッシングする人も多いそうですが、その場合は返済するあてがあるんでしょうかね。あるつもりではいるんでしょうねー。でも遊興費やブランド品購入のためにキャッシングやクレジットカードでリボ払いなどを選択する方々は、多重債務に陥る確率が非常に高いのよね。

 多重債務なんて1ヶ月に何度も返済日が来るんでしょ。想像しただけで恐ろしい。小心者なので眠れなくなりそう。わたし、借りたお金は返すべきだと思っているので。


 あとキャッシングの怖いところはブラックリストですよねー。電気代や水道代や健康保険料はそれらを止められるだけですが、キャッシングの返済日にうっかり口座の残高が足りなかったらブラックリストに載りますよ。
 ちなみに携帯スマホの月々の支払いをうっかり滞らせてしまった場合でも、ケースによりますが、おおかたはブラックリストに載りますね。

 うっかりミスはしそうで怖いね。
 ブラックリストに載ってしまうと、10年間ていど住宅ローンは組めませんし、クレジットカードも作れなくなります。
 あとでどう騒いでもブラックリストは簡単には消えないんだなあ。
 フリーのアニメーターはどうせクレジットカードは作れないから、そこはまあいっしょだけどね(苦笑)。
 苦笑・・・というより情けないが。


  唯一カードキャッシングの金利の方が安いと思ったのは、海外で現金を引き出したとき。
 わたし的にはキャッシングはしない派なので、インターナショナル・キャッシュカードで自分の銀行口座から現地通貨を引き出して使っていたのですが、これ手数料がかなり高い。計算してみたら手持ちのクレジットカードでキャッシングしたほうがお得だった。
 この時はなんだかなあって思いました。



 webサイトもなかなか罠だらけで怖いなあと思ったのココロでした。

「作監心得」は近々出来ると思います。








2014年11月18日火曜日

努力しない天才などいない・アニメーター編

努力しない天才などいない・アニメーター編

 さて、アニメーターが才能職であるという話の続きですが、「やっと続きかい!」の上、今さらですが予告タイトルとまったく違います。ですが内容は確実に続きです。


 天才とはどのようなものかというと、まずあげられるのが、アニメーターになった瞬間からプロの絵描きであったり、動きを描けたりするタイプです。

 このタイプは新人なのに圧倒的な技量を持つため、「すごい才能」「天才だ」と言われることが多いのですが、その時点だけで「才能」と決めつけるのは大間違い。
 仮に22歳でアニメーターになり、その時点ですでに先輩アニメーターをはるかにしのぐ画力を持っていた人がいるとする。でもそういう天才はだいたい小学生の頃から大量の絵を描き続けており、中学生くらいでプロ顔負けの緻密なスケッチを量産していたりするんです。(ピカソ参照)

 つまりその人は22歳だけれど、絵描きとしてのキャリアは10年近いと見るべきなんですよね。アニメーターになってからようやく長時間絵を描き始め、それなのに仕事以外では絵の練習をしないままで来た経験5年の原画がいたら、その原画さんはキャリア10年の新人には勝てませんよ。
 3ヶ月もすれば簡単に追い抜かれます。天才を持ち出すまでもなく、そんな例なら山ほどあるもの。

 動きにしても同じこと。わたしを含む多くの一般的なアニメーターが、業界に入ってから、ようやく真剣に動きの観察を始めたと思う。
 でも、長いあいだ動きに興味を持ち、観察を続け、それを絵にしてみて研究してきた新人がまれにいる。そうなると、数年の原画経験があっても、その新人に、動きの本質をつかむという点では、まるで歯が立たないと思うよん。


 アニメーターは絵で動きを描き出す職種なので、天才アニメーターの中には「映像記憶能力」の優れた人も多いです。
「映像記憶能力」を大雑把にいうと、一度見た物をあとで思い出せる能力、という感じかなあ。わたしは画力というものが、ある部分、一定程度、この能力に依存するものであると考えている。
 自分が絵を覚えるときに行った練習の過程を、他のアニメーターや、非常に絵の上手いアニメーターと比較してみて、映像記憶能力は、画力の向上速度に大きな影響を及ぼすと思うに至った。

「3年くらいまえに見たことがあるけど、こんな形だったよ」と、写真資料が得られなかった機械を、記憶をたどりつつ描いてみせた天才アニメーターもいました。出来上がっていく絵を見ながら、「これは話にならないな」とわたしは思ったことがある。しかも頭脳明晰、動きも表現力も天才アニメーターだったし。「わたしとは天と地の能力差だな」という意味ね。
 自分の描いたキャラでも半年で忘れるわたしが、こんな能力を持つアニメーターにどうやって対抗しろというのか、ってことですね。
 無理無理無理、絶対に無理。

 上記のような天才はもともと属する世界が違うので、あえて対抗する必要もないと思うが、他のアニメーターたちを見ていても、わたしより映像記憶能力に優れている人はけっこういると、わたしは最初から知っていた。
 とはいえ、それには明確な対抗策があるので、わたし程度のごく普通の映像記憶能力しか持たないアニメーターのみなさんも、悩む必要は何もないです。なんとかなります。

 天才アニメーターに話を戻します。
 アニメーターはプロの絵描きです。アニメーション業界へ入った新人アニメーターたちがいちばん勘違いしちゃいけないのは、自分が特別だと思うことかな。
 先に書いたように、アニメーターになった時点で、みんな一定の才能はある。でも「みんな」なんですよ。自分だけじゃない。

 プロの世界は、外から見ているとどこも同じですが、アニメーターもプロの絵描き集団だということを認識していたほうがいいです。プロ野球などより、はるかに敷居は低いですけどね。

 だからアニメーターというのは、基本的には、小中高校でクラス一絵が上手だった子、あるいはその上で専門学校なり、大学のアニメーション専攻なりで上位少なくとも30%程度に入っていた人だけが集まってくる職能集団だということを最初から認識しておくべきです。

 プロである以上、クラスで1番の子だけが集まっている場所で、生き残りをかけた戦いをしなければならないということなんです。

 ここに才能の差が横たわり、わたしたちの行く手に立ちふさがるんです。

 ああ、ちなみにアニメーターの才能についてのログは、わたしを含めたふつうの才能しか持ち合わせていない人向けです。経験的に知っていますが、天才には凡人のことはわかりません。また天才がこんなものを読む必要もないですし。

 才能の差を感じたことって、ないでしょうかね、みなさんは。わたしとしては2段階であります。まず天才です。次にわたしより才能はあると思ったアニメーターたちです。
 今回は天才について述べますね。

 うらやましいですね、天才。しかし、どうにも埋められない才能の差がありますから、うらやんでもしかたがない。
 そして天才といわれるアニメーターたちには、わたしが絶対にかなわない共通点がひとつある。

 努力の量(時間)の、圧倒的な差です。

 ここがプロの世界の恐ろしいところですが、1番の子集団の中で「天才」と呼ばれるには努力が不可欠なんですよね。もし天才的な才能を持っていても、努力しなければそんなものはないと同じ。「才能はあると思ったんだけどね」で終わるアニメーターって、いくらでもいますからね。
 だってプロだもの。

 天才といわれる人ほど、努力しちゃうんですよね-。天才に努力されたら、普通のアニメーターでは到底、太刀打ちできないです。努力を努力と思わないほど絵を描くのが好きだったりするのかもしれないけど(あ、いまそういうケースの天才を思い出してくらっときた^^;)

 ある巨匠に言われた言葉で
「僕にはアニメーターにとって一番大切な才能があったと思う」
 というのがあります。
 続きはこうだ。
「僕には努力する才能があった」

 こういう人に対抗はできないね。わたしにとって努力って、つらくてイヤなことだもの。でもその巨匠は、努力が好きなんだもの。なんとなくだけど、巨匠が「努力」を「才能」だというのって、「才能の差」と切り捨てない温情のように思うのよねー。

 わたしみたいに努力が嫌いな人でもね、才能と違って、「努力」はやればできるじゃないですか。同じだけ努力しても、才能の違いで結果に大差が出るのは確かだけれど、それでも努力はできるよね。

 でも巨匠ほどの努力ができないのは、プロ集団においては、わたしの甘えでしかないんだろうなって思います。プロは努力するのが前提で成り立っていますからね。

 だから努力が出来ない以上、人様の才能をうらやんだりしない。才能がある人はいいよね、って言っていいのは学生までで、プロであるからには許されないことだと思うんですよね。

 ともあれ、優れた才能を持って生まれてこなかったくせに、プロの職能集団であるアニメーターになってしまったわけですから、なんとか生き残る方法を、わたしは考えなければならなかったんですよ。

痛い話 ( ̄へ ̄) フッ

痛い話 ( ̄へ ̄) フッ

 健康診断に行ってきました。無料だったのと、そういうときでもないとなかなか行かないので。

 当然、採血もあるよねーと思ったので、予約の上、近隣でもっとも採血のうまい医院へ行きました。痛い思いをしたくなかったからです。

 ワタクシ、通常の採血場所に、血管がありません。
 いや、ある。あることはあるはず。ですが経験の浅い医師、看護師にはそれが見つけられません。それなり経験のある看護師さんでも、躊躇する様子が見られたり、「血管が見えにくいですね」と口に出された場合、100%の確率で1回目は失敗します。従って採血や献血ではたいがい絆創膏が両腕に貼られる結果となります。

 献血ルームの看護師さんって持ち回り制なの? だとしてもそこにいる日には朝から晩まで血管に針を刺しているわけですよね。それでも失敗するものね。失敗率はさすがに低いですが。

 ただ針を刺して血管に当たらなかった、というだけなら、まあ痛みはたいしたことがありません。

 ですが、狙った血管をはずしてしまい「血管が針から逃げるんですよ~」と言いながら、刺した針でグリグリと血管を探すのはやめてほしい。その上「痛い?」と聞くのもやめてほしい。か、な、り、痛いので。

 血管をはずしたらいさぎよく次の場所に変えましょう。

 点滴の針が血管に入らなかったときも痛いですよ。点滴担当医が自信なさそうだったりし、去り際に「もし痛くなったら呼んで」などと言った場合は、100%の確率で失敗しています。
 点滴薬が血管以外に漏れ出ると激痛です。針を抜いても激痛はしばらく続きます。

 そんな経験を繰り返しているので、針を刺すことに躊躇している医師、看護師には「どこでも刺しやすいところへ刺していいです」とお伝えしている。痛さはどこでもかわらないし、ちょっと青あざが残るだけですしね。何度も失敗され、グリグリされるよりよほどいいです。
 手の甲から採血されたこともありました。

 ですが、やはり中には名人がいて見事な採血をしてくれます。今回わたしが選んだ医院もそう。おじいさん先生なんですが、前回、採血の時、一瞬の迷いもなく針を刺し成功していた。
 経験は伊達じゃないと思った。

 だからその医院へ行ったのに、若い医師に変わってしまっていた。とてもイヤな予感がしましたよ。当たりましたけど、予感。
 ためつすがめつしながら、決意して針を刺し失敗。
「どこから採ってもいいです」と言ったのに、「この辺は腱が集まっているのであまり」と抵抗し、しかしさすがに何度も失敗はまずいと思ったのか、本当にお手上げだったのか、結局手首から採血しました。

 採血の時は最初からあきらめているからいいんだけどね(゜д゜)y-~






Photoshopは目が疲れるのだ~

Photoshopは目が疲れるのだ~

 短期間で200枚超のカット画を描くことになって、それがPhotoshopで描くもの(パスで線を引くタイプね)だったので、1日12時間机に・・・PCか、に向かっていたので、ちょい目が疲れました。

 今回はそれほど緻密な絵ではなかったのですが、Photoshopでのイラスト描きって、動画机で絵を描くよりはるかに目が疲れますよね。PC画面って、なぜかじっと見つめてしまい、瞬きの回数が減るのも一因かと思います。
 Wordや一太郎を使っているときにはそのようなことにはなりません。Photoshopなど、絵を描くソフトの時だけです。

 印刷することを前提にPhotoshopで絵を描くとき、デザイナーから指定される解像度は最低400dpiです。原画をスキャンするタイプのイラストは線の再現性が重要だと思っているので、個人的には、PCのスペックが許せば600dpiはほしいところ。(線がきれいかどうかということではなく、線に込められた気持ちの再現という意味)
 しかし、これだと1ドットが見えるまで拡大して線修正などが出来てしまうため、変に作業が細かくなるんですよね。
 目が疲れるのにはそんな理由もあるのかな。

 手書きで原画を描くときには、拡大がそもそもできませんから、見える範囲でそれほど問題がなければよい。絵を描いているわけで、線を引いているわけではないですし。
 だから目が疲れないのかもね。
 しかし動画はいま異常に線がきれいですし、線の離れもはみ出しも許されないので目が疲れるかもしれない。
 動画の仕事が増えすぎですよね。








2014年10月22日水曜日

アニメーターは才能職です

アニメーターは才能職です

 まだその言葉の本質を理解できない若いアニメーターたちに言ってはいけない、危険Wordですね。

 わたしが駆け出しのアニメーターだった頃ですが、幸運なことに、周囲には天才といわれるアニメーターが多くいました。

 その当時から長い時間が経ったけれど、いま思えばわたしが眩しく仰ぎ見ていたあの天才たちは、当時まだ三十代前半から半ばといった若さでした。だがその年齢ですでに完璧な技術をものにしていた。非の打ち所がない画力と爆発的な速さを兼ね備え、その上で後輩たちを率い教育していく心構えと能力も持っていましたね。

 他の追随を許さない突出した能力、これが天才といわれることの条件だろう。わたしは天才たちの「足下くらいには及びたい」(変な日本語)といつも思い毎日歯を食いしばってきたけれど、天才たちの当時の年齢をすでに追い越した時点で、足下に指1本さえかけられていないことを認識した。そして一生かかっても天才たちの30歳時点の足下にさえ到達できないだろうことを確信せざるを得なかった。

 わかりやすい例が天才ピカソですね。現代絵画の画家なので、資料がたくさん残っています。
 これはピカソ8歳時点のデッサン画。




こちらは有名な絵なので皆さんも一度くらい目にしたことがあると思います。ピカソ14歳時点での作品です。

 わたしが一生をかけて絵を描いても、永遠に8歳のピカソに及ばないのです。「才能」のなんて恐ろしくて残酷なこと。わたしは画力において、8歳のピカソに膝を折るしかないのです。

 しかしこれは絵を仕事に選んだ時点で、受け入れざるを得ない現実です。受け入れた上でどうするかということが「仕事」で絵を描くということなのだろうと思う。


 アニメーターは才能職です。スキルを積み上げていくスキル制の作業ではあるけれど、アニメーターの根本は最初から最後まで才能がすべてです。非常に才能ある同世代のアニメーターたちも同じことを言っていたから間違っていないと思います。

 新人アニメーターにはこういうことは直接言いません。学生にもいいません。才能がすべてなら、自分たちはがんばっても無駄だと、短絡的に彼ら彼女らは勘違いするからです。そうじゃないんだけれどね。そこがピカソのような芸術家と、わたしたち商業絵描きの大きな違い。
 でも経験が浅く、技能も低い彼女ら彼らにはまだ理解できない水準での話です。


 若い新人アニメーターたちが、わたしと同じ視点を持っているわけがありません。彼ら彼女らがその才能を開花させるにはもう少し時間が必要で、いまを必死に乗り越えてからの話です。

 若いアニメーターたちはみんな、アニメーターになった時点である程度の才能は持っています。そこに磨きをかけるかどうかで、本当の天才アニメーターになれるかどうかが決まってきます。

 そのあたりは次回「天才なんか恐くない(仮)」という回でお話します。

 若いアニメーターのみなさんは、まず目の前の仕事に真剣に取り組み、確実に技術を獲得していくといいですね。焦っちゃダメですよ。心配ないということを、わたしが数式を解き証明してみせます。

 間に「作監心得」が入るかもしれないけど。
 仕事で構成を決めて書いている文章ではないので、その日の気分で内容が変わるのは大目に見てよね(笑)





 

2014年9月27日土曜日

原画が仕事を失う時

●原画が仕事を失う時

 現状は、「駆け出し」でも、「新人ですがフリーです」でも、作監がたまりかね「この人はもう使わないで」と制作さんに訴える原画でも、仕事に困ることはまったくない。
 需要と供給のバランスが、極端にアニメーター有利な状況だからだ。

(動画さんについては、スケジュールの悪化から社内の動画を手空きにしても海外へ出さざるをえない状況が発生し続けており、潤沢にあるはずの動画仕事が国内の動画さんには回ってこないという問題が10年以上続いている)

 アニメーションの制作本数は、いくらなんでももう限界だろうと言われ続けているが、番組改編時期にフタを開けてみるとさらに作品本数が増えていたりするという、常識的には考えられない事態が起こっている。
 どうやれば、これ以上の作品が制作できるのか、ミステリーでありミラクルでもある。

 だから原画になってから今まで、仕事が多すぎて困ったことはあっても、仕事がなくて困った経験を持つ人は、少なくとも35歳くらいまでの原画にはいないと思う。

 だが、過去には作品数が激減し、原画の仕事もまた激減した時期が2回あった。2度あることは3度ある。今は想像できないが、原画アニメーターにとって、ある日、仕事がなくなる日は必ずまたやってくる。絶対に。

 アニメーターだって義務教育で歴史を学んでいるからわかると思うけれど、ローマ帝国も世界最大規模のモンゴル帝国もいずれ滅びるのであって、永遠に続く「なにか」なんてないんです。
 断り切れないほど原画の依頼がある時期が今ならば、次に来るのは仕事に困る時期ですね。そういう時期を経験しないですむ幸運な人もいると思うけれど。

 制作本数が減った2回目は、もうずいぶん前だけれど、そのときどんなことが起きたのか、次に仕事が減るときの参考に書いておきますね。氷河期をどうやって乗り切るのかということね。



 氷河期に、まっ先に原画の仕事を取れなくなったのはフリーでした。はい、みなさんの想像通り「あまり上手くないフリーの原画さん」には仕事の依頼がなくなったんです。仕事が減ったのではなく、まったく仕事がなくなったのです。
 一介のフリーアニメーターであるわたしのところにすら、人づてに「仕事を紹介してくれないだろうか」という話がいくつも来たくらい。

 わたしは「フリー」なので、フリーにはフリーの身の程というものがあると考えているのね。制作が決めた原画班構成には関知しない。社内の人間でも立場的に原画なら、そこへ口出しすべきではないでしょう。
 したがってわたしが制作さんにアニメーターを紹介するのは以下の3ケースに限られる。

1)自分が作監担当であるとき、作品のため、うまいアニメーターに参加してもらうとき。
2)制作さんから頼まれて、条件に合う人を紹介するとき。アニメーターが仕事を受けるかどうかは関知しない。
3)自分より上手い人、あるいは信頼できる監督が「この人は上手いよ。問題も起こさない」と保証してくれたアニメーター。

 そして紹介しないと決めているのは、自分がその人の力量も人間性もまったく知らないというケースです。知らない人を紹介して、作監や制作さんに迷惑をかけたら申し訳ないからです。

 たまに切羽詰まった制作さんから電話で「誰でもいいから紹介して! おねがい!」と言われた場合には「ほんっとうに誰でもいいのね。なんの保証もできないよ」と確認して原画さんを紹介することはあるのココロ。
 もちろんできるだけ上手くて性格のよい人を紹介しますけどね。
 切羽詰まっているときには「紹介してあげた方が親切」なんでしょねーと思ってのこと。
「上手いよ。でも仕事しないから、制作進行にとってはしんどいよ。耐えられる?」と紹介することもあります(^^)


 さて氷河期の話に戻るが、このとき、仕事を紹介してほしい原画さんたちとは、わたしに電話してきたアニメーターの知り合いということになる。電話をしてきた本人が作監クラスの実力は持っていない。作監クラスなら、自分でどこか紹介するものね。
 その電話してくる人が「あんまり上手くない人なんだけど」と頼んでくるわけだから、本当にあまり力のないフリー原画さんが仕事に困っていたのだと思う。

 もとより知らない原画に仕事は紹介しないことにしていたので、きちんとわたしの考え方や、フリー原画には制作が決めた作画班ローテーションに、無理矢理新たな原画をねじ込むことはできないし、立場的にすべきでないと思っているということを説明して、仕事の紹介はお断りした。
 電話をしてきた本人も、じっさいはその辺をわかった上で頼んできているので、みなさん「そうですよね」と理解はしてくれた。
 でも彼らにとっては親しい友人が困っていたのだろうから、つらかったとは思う。


 わたしはそのころ作品制作本数など気にしていなかったし、わたしのまわりでもみんなそうだったから、「仕事を紹介してほしい」という電話がいくつもかかってきて、その時点でようやくアニメ業界全体で仕事が減っているのだということを知ったのだった。
 いまなら毎年ちゃんと動画協会の白書も読むのですが、当時はそんな余裕、わたしにはなかったんですよね。

 ようやく、フリー原画にとってはただならぬ事態が起こっているなと思ったものだから、情報を集めてみた。フリー原画の半数近くが思うように仕事を取れていなかった。結果として、フリー原画の3割近くがアニメーションを辞めていった。まったく仕事がなかったんだもの。

 このような状況下でまっ先に仕事を失うのは「フリーの原画」だということを明確に示した事件だったのよね。フリー原画は仕事量の調節弁でしかないという事実。
 どの業界でも不況の時、まっ先に切られるのはアルバイトや契約社員なので、世間と同じ仕組みが働いたにすぎないわけだけれどね。

 この事件でわたしがもうひとつ学んだことは、作画プロダクションは予想以上に持ちこたえるということだった。
 わかりやすい例を上げると、仕事がなくなり業界を去るしかなかったフリーのAさん、そしてAさんよりだいぶ力量の足りない作画プロダクション所属のBさん、という経験年数の同じふたりの原画がいるとしたら、氷河期に仕事を失うのはフリーのAさんだけなんですよね。
 Bさんはあまり困らない。


 なぜなら制作部がデスクが、そしてプロデューサーがプロダクションを切らないためだ。多少、仕事の量は減るかもしれない。でも切らない。
 制作側の立場から考えると、切らないのではなく「切れない」のだと思う。下請け会社や小さなプロダクションの社長が積極的に営業活動をしていることも理由のひとつだし、いまは仕事が減っているとしても、次の番組改編で今度は制作本数が激増するかもしれないのだから、そうなったときのことを考えたら「怖くて切れない」ということがあると思う。


 若いアニメーターのみなさん、フリーの原画が切られるとき、どういう順番で切られていくのかだいたいわかったざんしょ。
 メインスタッフが切りたがっていた使えない原画、仕事量が極端に少なくなんの戦力にもならない原画、そうういうフリーからまっ先に切られるんですよ。力量があまりにも足りないフリーは、そういうリスクがあることを覚悟しておく必要があるわねん。

 こういうときのためにと、制作から頼まれたら絶対断らず、どんな仕事でも言われたままに手伝っていたとしても無駄ですよ。制作さんはそんなこと、まったくといっていいほど考慮しないから。フリーアニメーターが思うほど、制作さんの価値観、そこにないですから(笑)


 不安なフリーアニメーターは、雲行きが怪しくなってきたら、いそいでどこかの作画会社に入れてもらうといいかもね。


 またこの氷河期には、必ずしも下手な原画から順に切られたわけではなかったね。ケースとしては非常に少なかったのだけれど、行く先々で問題を起こす、制作さんにとっては急性胃炎の原因も切られていました。
 制作さんにとっては、仮にあとで多少困ろうが、いま切らずしていつ切れるのか、という決断だったんでしょうね。


 わたし? わたしは切られなかったわ。こんなふうに好き勝手なことを書いていますけど、わたしの場合は一貫して昔からこんな感じだったので「ああ、また神村がしょーもないことを」とプロデューサーも思っていたじゃないかなあ。慣れちゃっているというか、気にしていないような感じねー。

「またあいつかー」と思わせたら、勝ちなのかもよー(笑)


 つぎの氷河期、知恵を働かせて乗り切ってね。その前に別な氷河期が来ると思わないでもないけどねー。



 ジャックオーランタンと黒猫 ガラス細工

そろそろハロウィン
(これはわたしの大好きなガラス細工シリーズのミニ猫)



2014年9月25日木曜日

宅配DVDレンタルの使い勝手

●宅配DVDレンタルの使い勝手

 昔は「レンタルビデオ」、いまは「レンタルDVDまたはブルーレイディスク」かな。
 レンタルは見たい映画を劇場で見逃したときに便利よね。また、B級であることがわかっているが見たい、しかし高い劇場料金を出すのはためらわれる映画も、わたしは仕事が一段落したときまとめてレンタルして見ています。

 だが最近の傾向として、レンタル店の大型化とともに小規模レンタル店は経営が成り立たなくなってしまった。以前は何軒もあった近所のレンタル店は、いま一軒も残っていないものね。品揃えは少なくても、近いだけで便利だったのですが。

 おかげでいま一番近いレンタル店が、徒歩20分程度かかるTSUTAYAです。「なにか借りてこよう」というときはそれでもよいのだが、先日どうしても見たいシリーズ物を借りに行ったところ全巻そろってはいなかったため、借りられずに空手で戻った。
 徒歩で往復するにはいささか暑い日だったため、宅配DVDを検討するに至ったわけだ。

               


 webで入会するいろいろなサービスは、基本的に固定月額使用料で成り立っているでしょ。ネットゲームもTSUTAYAも。
 でもわたしはTSUTAYAの月額固定会員にはなりたくなかった。無駄が多すぎますもんね。映画産業で働く人にはみんな、毎月定期的にレンタルDVDを5本見るというような自由はない。自分が担当しているアニメ映画の公開が近づけば、会社命令で2ヶ月休みなしで追い込みにかからなければならないしね。
 わたしたち映像産業労働者にとって月額システムは非常に不利。映画を作っている人には、見たい映画を見たいときに見る自由はまずない(笑)

 だからわたしは、自分の見たい映画はTSUTAYAのリストにためておき、時間のあるときにまとめて宅配DVDレンタルしているのね。料金はそのつど払いなので、月額固定費は発生しないし、一枚単価も充分お安い。

 しかしこの「そのつど払い会員」への登録は、かなり慎重を要しましたね。登録画面を進んでいくと、そこここに「月額固定会員になる」トラップ(^^)があるんだもの。ページ全面のトラップを避け、一番下のテキスト1行をさがしてクリックしないと「そのつど払い会員」にはなれないのことよ。
 月額固定費を払わない会員に登録しおわったときは、ゲームをクリアしたような気がした。

 月額なし会員登録、おもしろそうだと思ったら、みなさんも登録してごらんなさい。でも途中でトラップに引っかかっても責任とれませんけど(^^)

 
 あとね、TSUTAYAサイトを見て知ったのですが、TSUTAYAはいつのまにかマンガの貸本もしているんですね。いま「進撃の巨人」が人気みたいよ。アニメシリーズのアクションシーンも楽しかった。
 個人的にはいまマイ・リバイバルブームが来ている「天体戦士サンレッド」の原作を読んでみたいなーと思っています。アニメ版はDVDを買い全部見たのですが、サンレッドの声が自然で好きです。超低予算のフラッシュアニメ作品だと思うのですが、おもしろくてオススメ(ただし、実写戦隊ものが好きでないと楽しめない作り)







2014年9月19日金曜日

新人制作に対するいじめ

●新人制作に対するいじめ

 正確には「フリー原画および作監からの、新人制作に対するいじめ」についてです。フリーアニメーターのみなさんに、新人制作をいじめていると、将来自分にどのような末路が待っているかをお話ししておきますね。

 社内では職種に関わらず、入社年度による縦階級が残るため、いざこざはもちろんあろうが、それほど問題は起こらない。なので、今回は社員アニメーターについては省きます。

「新人制作に対するいじめ」は、ある程度のキャリアを持つ原画や作監アニメーターに見られる行動だ。こういうことをする人は当然「新人アニメーター」をもいじめると思われるが、両者の間にはあまり接点がないため目立たない。
 対して、フリーアニメーターにとって、制作さんは自分の担当作品との唯一の接点といってもよい。したがって、アニメーターは自分のイライラやスケジュールに対する不満、えらそうにしたいという欲求等々を、すべて担当制作さんにぶつけてしまう。
 中でも新人制作さんというのは、後にどれほど優秀なプロデューサーになる人であっても、最初は突っ込みどころ満載だ。だからいじめやすいんでしょうね。

 新人制作いじめをしているアニメーターを見ると、あるいはその本人から「どのように制作さんをいじめたか」ということを、あたかも手柄のように語られると、わたしはそのアニメーターを「最低だ!」と感じる。

 新人制作に八つ当たりしたり、些細なことで怒鳴りつけたり、仕事をしないという方法で困らせたりしているアニメーターの方。あなたの行為は明確な「弱い者いじめ」ですよね? 同じ態度をプロデューサーにとれますか? とれないよね。仕事を失うものね。

 それならやはりあなたは「弱い者いじめ」を楽しんでいる、サイッテーの人間だと思うよ。世の中、人間として最低の行為はいろいろあるが、「弱い者いじめ」もそのひとつだとわたしは思う。


 自分よりあきらかに弱い者は、守ってやるべきだし、助けてあげるべきではないのかな。
 非力な相手をいじめて楽しいか? あなたは楽しいんでしょう、大好きなんでしょう、自分がえらくなったようで気分がいいんでしょうね。
「弱い者いじめが大好き」な人間は、おそらく一生変わらないと思うんだ。だから近くにいる他のアニメーター諸氏は、そのような人間から、可能な限り早く離れたほうがよいと思う。近くにいるあなたまで巻き込まれてしまうから。

 何に巻き込まれるのか、って? 決まっているでしょう。いじめた相手からの報復ですよ。

 新人制作さんをいじめているアニメーターを見て、わたしが「最低」以外に、もうひとつ内心でつぶやくことは「頭が悪い、バカすぎる」っていうことなのよね。

 アニメーターは上手くなるのにかなりの時間を要する職種だ。そして忘れていけないのは、フリーアニメーターはそこそこ描けるようになったとしても、身分的にはなんらの後ろ盾も持たないということだ。

 だが制作さんは違う。制作職種はおおむね社員採用であったり、少なくとも会社と契約書を交わしている契約社員だ。彼ら彼女らは会社の名刺を持ち、制作会社という後ろ盾を持っている。そうでなければ、名も知らない新人制作からの仕事依頼を、フリーアニメーターは引き受けないだろう。

 そして、ここが肝だが、制作さんは出世が早い。まだ新人だった制作さんと次に会ったとき、彼ら彼女らの肩書きは確実にアシスタント・プロデューサーやプロデューサーに変わっている。場合によっては新会社の代表取締役になっていたりする。
 フリーのアニメーターはその点をよく考えたほうがいい。あなたが八つ当たりして唇を噛ませた新人制作さんは、次に作品で出会うときにはプロデューサーになっていて、直接口をきいてくれることすらないかもしれないということを。

 いじめたほうは忘れていても、いじめられた方は決して過去を忘れない。そして仕返しの機会はいがいと早く訪れるのだ。
 わたしは、理由なくアニメーターにいじめられた制作さんは、仕返しできるようになったら仕返ししてかまわないと思う。というよりむしろ仕返しすることを推奨する(笑)

                                   

 えらそうに弱い者いじめをしたアニメーターには、身をもって因果応報という言葉の意味を理解させたほうがいい。そうしないと新人制作をいじめるアニメーターは減らないと思うので。
 陰でカッコイイ仕返しのしかたを考えて下さい。表立つ必要はありません。


 先の「頭が悪い、バカすぎる」という端的すぎる悪口は、
「制作さんはアニメーターの何倍も出世が早いのにね。先が読めないなんてバカねー」という意味である。とはいえ弱い者いじめをするような人間には消えてほしいので、「そういうことをしていると、いずれフリーでやっていけなくなっちゃうよ」と親切にレクチャーはしない。
 最初にも述べましたが、新人制作さんをいじめるような人間は、接点さえあれば、確実に新人作画もいじめるに決まっている。そんな人間、アニメーター職種にいてくれなくてけっこうですのことよ。


 さて、最後に一点だけ、新人制作さんにお願いがある。

 あなたも最初は山ほどミスをすると思うし、毎日叱責や注意を受けると思うのね。そこで気をつけてほしいのは、注意はいじめとは違うということ。
 やっと準備ができて、カットを抱えて仕上げ入れをしたとする。そのとき仕上げさんから「時間と枚数が約束と違う。ちゃんとやってくれないと困るよ」といわれたとする。あなたは「精一杯やったのにそんな」と思うかもしれない。でも、仕事だから約束と違っていたら注意されるのはしかたがないよ。
 こういうことを「いじめ」と勘違いしないでね。このような注意はあなたが経験を積めば起こらなくなるからね。

 新人はみんなたいへんだけれど、アニメーション業界では新人制作さんが一番たいへんだと思う。なぜなら、話数担当制作という仕事は経験と高いスキルを要求されるとてもむずかしい仕事だから。正直言って、とても新人にできる仕事ではないとわたしは思うよん。でも制作の新人はそれをやらねばならない。

 つらいことも多いと思うけれど、がんばって!
 あなたなら出来ると思われたから採用されたんですよ。







2014年9月16日火曜日

フリーになるのはまだ早い

●フリーになるのはまだ早い

 神村が考えているフリーの条件は以前に述べたとおり。

【フリーとは、どこへいっても確実に通用するだけのすぐれた実力があり、各社から指名で仕事がくるアニメーター】

 これは理想条件で、自分がほとんどキャリアのない頃からフリーであったことを顧みると「すぐれた実力」というあたりが、自分でいっていながら気恥ずかしいわねん。
 フリーになったばかりのときは、作監や監督に度量があったので「なんとか通用した」という水準だったと思う(^^;)   このお二人の先輩に、フリーとして通用する水準まで引き上げていただいたようなものだ。
 作監さんは他社の方で、監督さんはフリーだったが、このお二人にも1年半ていど甘やかされ続け、好き放題させてもらった。わたしは甘やかされると伸びるタイプかもしれん。

 誰か、もっと甘やかしてほしいのココロ~~~(=^・^=)


 さて、自分の至らなさは取りあえず電車の網棚に乗せといてだ、自分がフリーで仕事をしていく上で出会ったフリーアニメーターたちの中で、「この人はフリーになるにはまだ早い」と思った典型的な例をふたつあげてみよう。
 当てはまるかも、という方がいたら参考にしてね。


1)テレビシリーズの作打ちで会った、フリー原画「Aさん」の場合。
 仮に「Aさん」としておく。Aさんとは初対面だった。若くてキャリアは少ないが、態度は堂々としていた。そこはえらいと思う。
 しかし、作打ちを観察していて、ここは演出に質問しないと原画を描けないだろうと思う箇所でも黙っており、作打ちの間ずっと機械的に絵コンテをめくるだけでメモもせず、そもそも作打ちになんらの興味も示していないように見えた。
 だからこのAさんは、「作打ちはなんのためにするのか」ということすら知らない水準の原画かもしれないと考えた。

 Aさんの原画を見たことがなかったので、カット分けは制作さんがおこなった。Aさんには比較的主役が動き回る部分が割り振られた。とはいえ緻密さを要求しない、気楽に動きを描いていける楽しいシーンだった。
 ただ、その中に描くことがすこしむずかしいものが出てきており、作打ちのあとでAさんにたずねてみた。
「これ、むずかしいようでしたら、そこだけこちらで原画を描きましょうか?」
  作監としては、どうせ全修するならそのほうが早い。
「ぜんぜん描けますよ」
 というのがAさんの返事だった。相手に微塵の不安も与えない、かもしれない、明確な断言だった。

 本人が「描ける」というのであるから、「いや、本当は無理でしょう」と言うわけにもいかず、しかたがないので任せることにした。
 しかし、作打ち時の態度を見ているので、なにもわかっていない原画であることは明白だとわたしは思っていた。

 結果としては予想通りで、本当のことを言えば予想を裏切ってほしかったのだが、そうおいしい話はなかなかないわけで、まずレイアウトで全カット全修の上、動きすべてのアタリとシートもつけて返却することになった。
 動きもシートもつけて返したら、原画は清書するだけで済むので、原画上がりはまあまあ速かった。
 
 そうすれば、その原画をそのまま通せると思いますか、みなさん。まったくそんなことはないんざんす(笑) なにしろ動きのイメージがわかっておらず、アタリをただなぞっただけの原画など使えません。
 レイアウト戻しで下書きに近いアタリとタイムシートをつけたのは、作監作業時に自分のアタリから原画を描き起こすためでした。最初から原画を描き直すつもりのとき、わたしはよくそうします。
 あとで自分が楽なのと、動きのイメージなどは描き写すだけでもそれなりに身につくので、原画さんがすこしでも動きをおぼえてくれたら嬉しいなという、ふたつの目的があってのことです。二兎を追って二兎を得る。合理的でしょう?

 Aさんは初見のアニメーターだったので、全修とはいえこのような方法になりました。知っている原画さんの場合は、シーンの中で重要なカットだが絶対にその原画さんには描けないであろうというのは、レイアウトを見るまでもなくわかりますよね。
 このような場合、わたしは先に自分で原画を上げてしまうことがよくあります。そして担当アニメーターから原画が上がってきたとき、カット袋の中身を入れ替える。
 重要なカットの場合、そこを先に決めておかないと、シーンのレイアウトチェックもなにも進まないので、効率のため、あえて取る方法です。

 Aさんにはその後お会いすることはなかったが、わたしの全修がすこしはAさんの役に立っていたらいいと思う。

 Aさんの場合、フリー原画として独り立ちするのはまだ早いと思った。また「全く描けず、過去に一度も描いたことがなく、かつ完全に興味がないため今後とも覚えるつもりのないもの」を割り振られた場合、「これはまったく自信がないので」、と正直に申告したほうがよい。そのほうが他のスタッフがみんな助かる。フリーといえどもすべてを完璧に描ける人はほとんどいないわけだから、決して言っていけないことではないですよ。
 まともに絵になっていないレイアウトや原画を出し、実力を本来以上に低く評価されてしまうよりいいと思うのです。
 悪い評価はすぐ伝わってしまうので、将来を考えたら「できないものはできない」と、ある程度、合理的に割り切っていいのよん。

 このAさんの場合は、数年はどこか上手い人がいる会社で席を借りるなり、自分の好きな作監を訪ねていき、独り立ちできるまではそこに置いてもらうなりするといいですね。
 
 フリーは、ひとつの会社で、しかもテレビシリーズていどで全修されたりすると、そこでは次の仕事がなくなっていまう。いろいろな会社の仕事をすればするほど、自分の仕事先を狭めてしまう。
 いちど「使えない」という烙印を押されたフリーは、あとが厳しいよ。

 だから、あまりあせらないで、それなりの力がつき、指名で作品に呼ばれるようになるまで、いまの場所で実力をつけましょ。うまくなれば、ちゃんとメインスタッフは見ていてくれるからね。
 あせっちゃだめよ(^^)



2)テレビシリーズの作打ちで会ったBさんの場合。
 仮にBさんとする。Bさんとは、いわゆる「フリー班」の作打ちでお会いした。ほかの原画はわたしともうひとりのベテラン原画さん。3人で1本を担当する、わたしにとってはよくあるパターンだった。
 ベテラン原画さんは何度かいっしょの班で仕事をし、その人の作監もしたことがあるので「それほど大きな問題はなく、そこそこ描け、手も速いほう」と知っていた。一般的にフリー原画として通用するタイプだと思う。

 作打ち後にわかったが、わたしとベテラン原画さんがいたフリー班だから、そこにBさんが差し込まれたのだった。
 Bさんは作打ち前も作打ち中も終始無言だった。そして態度は控えめだった。

 作打ちが終了し、誰がどこを担当するか決めましょうという段になり、そこで制作さんから初めてBさんのキャリアを聞いた。
「Bさんは新人なので、一番簡単なシーンにしてもらっていいですよね」

 制作さんのこの発言で、積年わたしがフリー原画として作打ち時に感じていたモヤモヤが、明確に形を取り、論理的になんらの矛盾もない考えだということが言語化されたんですね。

「その考え方はおかしいでしょう」
 わたしはようやく気づいたんですよ。「神村、ベテラン原画、新人原画」という、じつにわかりやすい班構成だったからこそ、アニメーション業界で当たり前のようにおこなわれていることの問題点に。

 フリーで仕事をするようになってから、ずっと、本当にず~っと、いつも必ず、お約束のごとく、作打ち後のカット分けでわたしはいつも一番面倒なシーンを割り振られていた。
 それがしかたのないときもある。作打ちに参加しているメンバーが全員フリー原画で、みなそこそこ一人前のフリー原画なのだが、このシーンは神村が適任であろうと思われるとき、そして他のフリーの原画さんたちから「おねがいします」と言われるとき。
 あるいは演出が知り合いで、最初から面倒なシーンを担当してもらうつもりで神村を呼んでいたときなどだ。

 だが、この時は「それは違う!」と目が覚めた。そして黙っていてはいけないことだとも思った。
 だからわたしは制作さんにたずねた。
「ここにいる原画は全員がフリーの立場で参加しています。フリーという労働形態はすなわち独り立ち出来ている原画という意味です。わたしたち3人の原画単価は同じですよね」
「・・・同じです」
「単価が同じであるということは、原画の品質もまたおなじである必要がありますよね。みな同じ立場のフリーなのですから、そこに経験年数は関係ありません。カット分けは平等にジャンケンで決めましょう。勝った人から好きなシーンを選ぶ。それがおなじ単価で仕事をするフリーとしての平等です」

 じっさいのことを言えば、このときの作品はべつにどのシーンでも悩むような面倒はなく、わたしにとってはどこでもよかった。しかし、矛盾に気づいてしまった以上、言わねばならぬ。言わなければなにも変わらないのがこの業界だ。
 言ってもほとんどなにも変わらないのだけれどね(笑)

 わたしの意見は正論だったから、制作さんと演出さんは顔を見合わせたりしながら「どうしたものか」と考えていた。Bさんは相変わらず黙っていた。制作さんが思い出したように手を叩いた。
「Bさんはフリーといっても、当社の中で育てている新人原画で、本当のフリーというわけでは・・・」
「そうなの? それなら安心ですね。どのシーンを担当しても社内の作監に教われるものね」
 これはわたしの本心だった。だいたい、まだなにもわかっていないであろうBさんは制作さんに連れてこられただけで、Bさん自身にはなんの落ち度もないのである。

 ベテラン原画さんが「ジャンケンでいいんじゃない?」とグーの手を上げて見せた。この人にとっても、どこのシーンでも変わりはなかったから、サッサと帰りたかっただけかもしれない。

 そのような経緯で、ジャンケンによるカット分けがおこなわれた。べつにむずかしい作品ではなかったから問題ない。

 このBさんのような場合、社内に机を借りているのであれば、制作さんが社内班に加えてあげるのが最善の方法だったと思う。フリー班に新人原画をまぜちゃいけません。独り立ち出来ていないフリー原画は問題があると思うし、ましてや「新人ですがフリーです」は、存在するはずがない、存在してはならないものである。

 新人原画さん自身は制作に言われたとおりにするしかないのだから、フリー新人原画(あってはならないが)の場合は、制作さんがよく考えてあげてね。


 描ける原画にむずかしいシーンを担当してほしいという気持ちは、演出も作監も制作も同じだ。それなら、どんなカットも単価は同じという状況をやめないと成り立たないと思いますよ。
 アニメーターが黙ってやるからやらせている、というのが本当のところでしょう。


 最近、聞いた話ではPAワークスでは、手間のかかるカットは単価を上げているとのこと。

2014年9月15日月曜日

速く描くために、試してみたこと

●速く描くために、試してみたこと

 速く描くために、精神論や考え方は置いといて、誰でもできる具体的な手段を教えてほしいと言われたので教えます。
 でも、教えたからには実践してみて、結果を報告してほしいよね。よろしく(^^)

 本題に入る前に(前置きはいい! という意見もあろうが、本編の前には必ずキャッチが入るもの)、だから本題に入る前にね、アニメーターの仕事の中で1番速さを要求される職種はなんだと思う? 

 わたしは作監だと思うのね。
 原画の時は、自分の出来る量を積み重ねていくだから、ある程度、計算が成り立つ。しかし作監の場合、原画アップ日を守らなかった原画が最後にまとめて上げてくる原画を、なんとか直しきらなければならない。原画がアップ日を守らなかった分も含め、作監はアップ日を守らなければならない。

 そのようなときの作監が手を動かす速度は、アニメーターのどの職種より速いと思う。逆に言えば、作監職は手の速い人でなければ無理だと思う。
 原画を速く描く考え方については、先に述べたので、ここでは原画や作監時に、秒単位で時間を削っていく具体的な方法を紹介します。ただし、これはあくまで神村が考えた方法だ。人により、向き不向きはあるからね。

1)消しゴムを使わない。
 いきなり、「オイオイ」みたいなのが出てまいりましたね。
「描き間違ったとき、消しゴムなしでどうやって直すんだよ」と言っているそこのアナタ。わたしは「絶対に」とか「まったく」とは申していないざんす。「ま、なるべくなら」消しゴムは使わないほうがいいネ(^^) ってことでございます。
 消しゴムで消したり描いたり、また消したりしている時間が「ほぼゼロ」になったら時間節約になるでしょう? 速く描くなら、この描き方は身につけよう。1枚の下書きで10分の節約になるはず。

 アニメーターの下描きのしかたは、みんなだいたいいっしょだと思う。色鉛筆で流れや向きのアタリを取り、その上から実線で下描きをしていく。色鉛筆で流れやブロックをアタルのは、このとき実線でアタリを取ると下描き後にどの線を拾うのか不明確になるためですよね。最初に色鉛筆を使うというのは、誰かが考えた時間節約の手法だと思う。
 そのあとの実線で描いた線が、清書で拾う線になるということよね。このときの実線下描きを一発で決めなはれ、ってことよ。

 色鉛筆でいちどアタリを取っているのだから、ここで迷ったらだめ。神村的には、絶対の自信を持ってここは1本の線で決める。この時の自信に根拠などない。だが勢いはある。速く描くためには、時には根拠のない自信も必要だ。

 しかし、わたしたちの先輩はもっとすごくて、色鉛筆のアタリなど取らずに描いていた。下描きもしていない。いきなりきれいな線でキャラクターを描き出していく。そういうテクニックを持っていた。下描きなしだから速いですよ。目の前でサクサク原画が、あるいは修正が描かれていく。
 どうして下書きなしで描けるのかたずねたら、「最初から下書きなしで描く訓練をすればできるようになる」のだそうだ。
 しかし、この訓練をわたしはついにしなかった。画力が追いつかないと思った。

 階段を上っていくフルショットの女性を描くとき、大塚康生さんは次の段に乗せた足から原画を描き始め、だんだん上へと描いていき最後に顔を描くという方法を普通に使っていた。それももちろん下書きなしで一発原画です。当然、速かったです。

「アニメーターなら、どこからでも描けないとね」と、足から描き始めてキャラクターを完成させて見せてくれた人はほかにもいた。こういう描き方ができれば最高ですね。でもさすがにハードルが高いので、せめて消しゴムで直す必要のない下書きを描きましょー。

 わたしの場合、ほとんど消しゴムを使わないので、消しゴムが全然減らないうちに劣化してしまう。1年に一回取り替えるていどなので、鉛筆のオマケに付いてくる消しゴムが余ってしかたがない。

 シャーペン式の電動消しゴムっていうのもあるでしょう。以前人様から「便利だよ」って、もらったことがあるのですが、ついに一度も使わなかった。もらい物なので捨てるわけにもいかず・・・ジャマだった。ゴメン。


2)原画上がりを翌日見なおさない。
 またまたテキトーな仕事のしかたをしているように思える発言ですね。
 そうではないの。以前、「原画をたくさん上げるためにはリテイクを減らすべき」と述べました。それとなんら矛盾しないところで「原画上がりを、翌日になってまた見なおす」という行動を取るな、ということです。
 その日に描いた原画はその場で、抜けやミスがないかキッチリチェックします。そして、「よし!」となったら上がりの棚に乗せる。いったん「上がり」の棚に置いた原画上がりは、翌日になって「ちゃんと出来ているかなあ、おかしいところはないかなあ」と見なおしては、絶対にいけません。もう前日、制作さんが回収していったので手元にない、とでも考え、その存在を忘れる、あるいはあきらめて下さい。

 一晩おいて、上がり原画を見なおしたら最後、アニメーターの習性として「ここをもう少しどうにかしたほうが、いいかもしれない」と必ず気づいてしまうのです。そこで直し始めたら、原画はいつまでたっても上がらない。余計な時間がかかるだけだ。
 たとえ直したとしても、その翌日見れば、どうせさらに直したくなる。原画を速く上げるには、そのような無限ループにはまってはいけないのですよ。

「あきらめる」
 速く上げたければ、そういう考え方をして下さい。割り切るんですよ。

 まだ技術が追いつかない新人は除き、テレビシリーズ1カット=4000円の原画を、きっちり4000円ちょうどの労力で描くアニメーターはほとんどいないとわたしは思う。多くのアニメーターは、プロの絵描きとしての矜持または責任感から、4000円のカットに6000円以上の労力をつぎ込んで描いているはずだ。そうでなければよい原画は描けない。
 だったら、もういいじゃないですか。単価の150%分の仕事をしたのなら、それ以上はもう割り切っていいんじゃないか。そのようにわたしは考える。

 あきらかなミスに気づいたときは別だが、速く上げるために、原画上がりの見直しはしない。してはいけない。これで1カット当たり、1時間ていどの節約になる。

 とはいえ、速く描くことに重きを置かず、自分が納得できるまで直したいという原画さんも存在する。そのようなタイプは、おおむねよい原画を上げてくる。自分の描いた原画に、技術的こだわりがあるのだと思う。
 こういう人に「終わった原画は、もうあきらめて、割り切って出せ」と言っても通用しない。絶対に量は出来ないタイプだと思うが、絵描きとして見た場合、このようなこだわりは、それはそれで正しいのであり、そうすることでよい原画を上げているなら、立派なアニメーターだと思う。

 わたしがいま述べているのは、あくまで速く上げる方法なので、それがイコールよい絵描きというわけではないのですよ。割り切りをよしとしないアニメーターもいることは充分に理解している。
 また劇場用作品では、基本的に割り切りはできない。

 では次。


3)極力鉛筆を持ちかえない。
 鉛筆を持ちかえる時間さえ惜しむ描き方をせよ、ということね。ここまでくると、ある意味、極論に近いです。これで減らせる時間は、1枚当たり5分程度かもしれないが、速く描くということはそういう些細な節約の積み重ねなんだろうと思う。

 鉛筆を持ちかえないために、わたしはどんな作品も、どんな大きさの絵もHBで描きます。HBは絵を描くためには少し硬すぎる鉛筆だと思う。だが、硬いからこそガリガリ描いても鉛筆の減りが遅いです。つまり鉛筆を削る回数が少なくてすむ。
 HBが硬いことの難点は、腕にかける負担が大きいこと。腱鞘炎に弱いタイプのアニメーターには、HBでガリガリという描き方は向いていない。

 また太めの線でタッチを重視する作品にも向いていない。わたしはそのような作品でも、芯を太めにして力を入れることで、HBから持ちかえることなく対応する。
 すばらしい絵をお描きになるある巨匠は、絵の大きさによって、3BからHBまでの鉛筆を持ちかえていた。
 巨匠の作監修正作業を後ろからのぞき込みつつ
「絵の大きさで、鉛筆を使い分けてお描きになるのですね」
 と、わたしが言ったところ、巨匠は手を止め振り返った。
「神村さんもそうするでしょう?」
「いえ、わたしはなんでもHBで」
「・・・・・」

 巨匠の視線はちょっと冷たかったですね(^^;) 
 そりゃあ、巨匠、あなたは下書きなしで修正していくのですから速いでしょうが、わたしにはそういうまねは出来ないので、なんでもHBというのはわたしなりの時間節約方法なのですよ。・・と言いたかったが、時間節約のために絵の表現を殺すことなど邪道と思われている節のあるその巨匠にはいえませんでしたわ、はい。

 また、RETAS が導入されてからしばらくは、なんでも細い均一の線で動画することになっていたから、たとえ劇画タッチ作品のアップショットでも、原画のタッチは殺されてしまう。すなわち、太い線で原画を描くと、動画クリーンアップ時に、太い線幅から細い1本線を動画さんが選択していかなければならない。
 それならば、最初から裁量の余地ない細い線で原画を描いた方がよいではないか、と考えたのもHBに一本化の理由のひとつだった。


4)色鉛筆の代わりにサインペンを使う。
 色トレスでの影、ハイライトがやたら多い作品の場合、わたしは色トレス線を引くのにサインペンを使っていた。単純に時間を節約するためにサインペンを選んだだけである。
 サインペンの利点は、色鉛筆に比べ線を引く時速が3倍。そして削る必要がまったくない、ということだ。不利な点は、わたしとしてはない。
 しかし、見た人は「サインペンだと間違ったとき消せないでしょう?」と心配していた。
 間違わないからいいんです! ではなく(^^)間違ったときは、あきらめて「×バツ」をつけて消していたのコト。どうせ色鉛筆だって、けっこう消せないのだからそう変わりはない。速さのためには、どこかである程度の割り切りは必要ですよ。
 これで1枚10分節約出来る。これは大きいですよ。とくに作監作業のときにね。

 そしてアニメーターはわかっていると思うけれど、硬質色鉛筆は腕に負担をかけますね。でもサインペンはまったく力を入れなくても描けるのだ。速いよっ!

 とはいえサインペンを使用するというのは、追いつめられてしたことだから、ふだんここまでする必要はあまりないとは思うけれどね。


 すこしは参考になりましたかね。
 それぞれの人に向いた時間節約方法が見つかるといいですねっ。
がんばってみて\(^ ^)/







2014年9月13日土曜日

カット数が上がらない理由

●カット数が上がらない理由

 原画のカット数が上がらない理由とはなにか。テレビシリーズを主体に考えてみたい。

 アニメーターは、大量の絵を描いてキャラクターを動かしていく、というその職種的要求として、速く描くことを運命づけられた絵描きだ。
 だが現状、20歳代で「手が速い」原画はめったにいない。潜在能力として速く描ける人は相当数いるはずなのだが、速く描く訓練をする機会に恵まれていない。

 また10年以上のキャリアがあり、どんなカットが来ても、そこそこ描ける原画さんであっても、思うようにカット数を上げられない。それどころか、以前より月産カット数が減っていたりする。
 いったいそれはなぜなのか。

 大きな原因だけ取り上げると、以下のようなことが考えられる。

1)・速く大量に描ける絵ではない。
2)・一度に多くのカット数をもらえない。
3)・スケジュールが短いため、多くのカットを持てない。
4)・一作品に専念できない。
5)・レイアウトが戻ってこない。レイアウト一原の場合はとくに戻りが遅い。
6)・仕事がスケジュール通りに動かないため、時間的無駄が出る。


 ひとつひとつの原因に、本来は複雑で細かな要素が含まれ、精密に論ずるとあっさりブログの域を超え、論文の水準に達するのが明確なため、かなりざっくりと分析していく。
 ではまず(1)から。

1)・速く大量に描ける絵ではない。
 日本の手描きアニメーションのすごいところは、どう見ても動かすことには不向きな線の多いキャラクターを動かしていることだ。このような絵は、画力に関係なく速く描くことができない。
 わたしは作品によって、絵を描くのにかかる時間の違いを計測したことがある。
 しばらくのあいだ毎年、「映画ドラえもん」で原画を担当しており、ドラちゃん以外の時は劇画タッチの作品を描いていた頃だ。どちらもキャラクターには慣れていた。だから線を引く時速は作品が変わってもいっしょだった。
 したがって絵を描くことにおいて、条件はほぼ変わらないと考えてよい。

 ドラちゃんも他作品と同様、映画になると動きと演技、画面内のキャラクター数が増える。1カットの原画枚数は多い。だからカット数はテレビシリーズのようには上がらない。
 とはいえ、絵に慣れているので下描きは速い。

 劇画タッチ作品のほうは線は多いが、下描き時にはラフな絵ですませていたのでこれも描くのはけっこう速い。大きく動いていればなおさらだ。手を動かす時速自体は、慣れた作品であれば絵柄には左右されない。
 劇画タッチの作品で下描きに時間を要するのは、止め絵の時であろうと思う。

 つまり、下描きではドラちゃんも劇画タッチも、1枚にかかる時間に驚くほどの差は出ない。
 決定的な差が出るのは清書時だ。清書時にはキャラクターの「線の総距離÷手を動かす時速」で大きな差が出た。

 ドラちゃんの場合には、清書にほとんど時間はかからなかった。線が少ないから当然だ。そのため、1日5カットのノルマであれば、5カット分の下描きさえ終われば、清書時間は無視できた。下描きが出来た時点で、その日のノルマは達成したようなものだった。

 しかし劇画タッチ作品ではそうはいかない。清書作業に入るととたんに、線の量がそのまま時間の消費量となってくる。「実線の距離+色トレスの距離」で線を引く時間が格段に増える。影&ハイライトは色トレスだが、色鉛筆は速く線を引くことには適していない鉛筆だ。アニメーターなら誰でもわかっていることだが、いわゆる「滑りが悪い」わけですね。
 かつ、思いのほか時間を取られるのが、影とハイライトに色を塗っていく作業だ。
 以前、アニメ業界では、劇画タッチのキャラクターは、基本的にすべてびっしり影がつけられていたので、色鉛筆に持ち替えてからの時間が長かった。速く描くためには鉛筆の持ち替えや、鉛筆を削る回数も減らす必要がある。しかし、それができない。
 がんばって描いても、1枚の清書に15分かかった。1時間に4枚の清書しかできない計算だから、動きや演技を考え下描きをしているほうがはるかに速い。
 そのため、下描きが終わったあと、清書にどれくらい時間がかかるのか予想できない。こういう絵で量を上げるのはむずかしい。

 いまは影の付け方が洗練されてきて、いつでもなんでもびっしり影をつけるという作品は減った。だが萌え系が増えた分、瞳の中がメカのように複雑なキャラクターが多くなり、どれほど色トレスの労力が軽減されたのかわからない。
 原画清書の線が丁寧になったこともあり、1枚の原画にかかる時間は増える傾向にあると思う。

 これでは、いくら速く手を動かす人でも、カット数をこなすのはむずかしい。


2)・一度に多くのカットをもらえない。
 前回ブログの、たくさん上げる方法を試したくてもできない理由だ。

 1作品、1話数の作打ちで「50カットちょうだい」と言っても、まずもらえない。制作さんが怖がって出さない。怖がる理由は、相手の原画さんを信用していないということもあるとは思うが、根本はもっと複雑で、下記に出てくるスケジュールやレイアウト戻しなどとも絡んでいる。

 どちらにしても、原画が上がらなかったとき、50カットのまき直しはきつい。20カットならだいぶ気は楽になると思われる。

 しかし原画の側からすると、20カットしかもらえないと、3話数、あるいは3作品を平行して作業せざるを得なくなり、非常に効率が悪く、なによりスケジュールが読めないという事態になる。
 このような現状でカット数を上げるのは極めてむずかしい。


3)・スケジュールが短いため、多くのカットを持てない。
 2週間のスケジュールでは、いくら速くレイアウトを出しても、待ち時間が発生する可能性がある。4週あれば60カット描ける原画さんでも、2週間しかない場合は20カットしか受けられない。これは原画側から考えた安全策としてそうなる。4週28日間のあいだに3日風邪で寝込んだとしても、残りの25日で挽回できる。
 しかし、2週14日間しかない場合、3日寝込むと11日間しか残らない。1週間7日スケジュールでは風邪などひいている余裕はないということだ。


4)・一作品に専念できない。
 これもカット数を上げるための方法とは逆の状況だ。社内原画の場合は在籍会社の方針に従うしかないが、フリー原画の場合は、収入を増やすために、できるだけ1作品に全力を投じたい。・・・と思ってもできない現実があるのコトよ。
 ここまで述べたように、60カットほしくても20カットしかもらえなければ、3社3作品から20カットずつ仕事を取るしかない。幸い、というかなんというか、選ばなければ仕事はいくらでもある。各社からいくらでも電話は来る。

 そうしたら、数社の掛け持ちをするしかないでしょう。たとえ効率が悪くても、不得意なタイプの作品であっても。

 フリーのアニメーターは、常に潜在的失業状態であるから、いつ仕事がなくなるかわからない。それは困る。とりあえず来た仕事は少しでも受けておき、各社に顔をつないでおきたいと考える。そういう人は多いですよね。当然の気持ちだと思う。

 また、本当に1週間スケジュールの原画仕事っていくらでもあるから、そういうものが次々入ってきた場合、月3作品どころではなく、10作品以上の同時進行という場合すらある。
 わたしは3ヶ月くらい描かないとキャラクターを覚えないという欠陥があるため、複数作品同時進行ということはあまりしないが、最初からそういう状況で原画を始めた人たちは、それが普通だと思っているでしょうね。
 そして「どんなところでも育つ人は育つ」と昔から言われているとおり、新人原画でもこの状況で、何を描いても必ずその作品のメインスタッフに評価される人がいる。新人原画の頃のわたしにはできなかったことだと思う。
 こういう人を見ると、たいしたものだなあって感心します。

 とはいえ、やはり効率はよくないだろうから、収入的には気の毒だ。

 あと、非効率的な複数作品同時進行をしている原画さんには以下のようなタイプもある。

・制作さんに頼まれたら断れない。数カットでもよいからと言われ、気づいたら10作品を超えていた。
 こういう人はフリーに向いていないと思う。管理がまったくできていないものね。制作さんは「この人は断らない」、と知っているから頼んで来るわけ。制作的には間違っていない。
 けれど、アニメーターとしてあなたは便利屋に使われているだけで、おそらくメインスタッフにも制作さんにも評価はされていないと思うのよね。

・少しくらいなら手伝ってもいいよ、と多数の会社から仕事を受けていると、自分が売れっ子のようで気分がよい。
 単なる勘違いですね。「少しなら出来ないこともないけどさあ」なんて言ったら、制作さんはすぐにあなたの使い方を理解する。だって、彼ら彼女ら制作は営業ですもの。いい気になって上から目線でもの申すアニメーターをおだてるくらい、簡単にできますのことよ。

 でも「売れっ子」というのはね、収入が伴って初めて売れっ子といえるわけ。自分の収入を顧みて、早く目を覚ました方がいいと思う。悪いことは言わないから。ねっ!


・1作品だと飽きてしまうので、常に3作品くらいあるのがちょうどよい。
 こういうアニメーターって実際にいるので、この場合は好き好きということかなぁ。仕事の仕方はそれぞれだものね。 


5)・レイアウトが戻ってこない。レイアウト一原の場合はとくに戻りが遅い。
 この問題はあとで掘り下げなければならないと思う。
「レイアウトが1ヶ月以内に戻ってこないときは、原画を引き上げてもらう。スケジュールが立たないから」という話を聞いた。テレビシリーズでね。
 1ヶ月立ってもレイアウトが戻ってこないということは、この原画のスケジュールは最初から1ヶ月以上あったことになりますね。結果論だけれどね。

 わたしは手伝いのバラまき仕事は、知り合いから頼まれた時しか受けない。知り合いからなら、相手がこちらに何を求めているのかわかるから。
 それ以外でのバラまき仕事はこわい。いいものを描ける気がしない。
 ということで、知り合いからバラまき原画を25カットほど受けたとき、原画アップ日にレイアウトが3カットしか戻ってきていなかった、という経験はふつうにありますよ。

 こういうことって、誰がどうすれば解決できるのか。少なくともアニメーター、演出が自分たちで出来ることはないのか。あとで話し合ってみたいと思う。


6)・仕事がスケジュール通りに動かないため、時間的無駄が出る。
 スケジュールを組んだら、スケジュール通りに動かそうよ、っていうのはある。動画は締め切りまで3日間程度、仕上げさんに至っては朝入ったカットをその日のうちにUPさせている。
 その状態が毎日続くということは、どれだけたいへんなことだろう。背景さんも撮影さんもスケジュール通り仕事をしている。このあたりの部署が締め切りを遅らせたら後がない。だから決して遅らせない。

 スケジュールをガッタガタにしている犯人は誰なんだ! ってことよねー。

                   
                                  赤城さん、謎を解いてくれないかなー(^^)


 最後にですが、「フリーで原画を受け、あってないようなスケジュールに振り回されている皆さん」にひとつ助言をさせてほしいのよ。

 それは、「せめて仕事は制作会社から直で取った方がいいと思う」ってこと。

 どう見ても、一次下請け会社、二次下請けプロダクションと降りていくごとに、スケジュールがつかめなくなっていくんだもの。
 作品の全体が見えないからかもしれないね。








2014年9月6日土曜日

最近、買った猫

 最近、新たにトラ猫と白猫を買いました。
 前々からほしかったセンサーライトとコーナークッションです。わたしは基本的に、商品があれば猫を買うので、両方よさそうなのがあったということですね。

トラ猫はこいつです。センサーライト。これが

 猫のセンサーライト

 こうなる。目の部分だけライトです。おなかにあるのはセンサーです。

 猫のセンサーライト

 センサーライトを使ったことのある人はわかると思いますが、センサーライトの命はセンサーの感度ですね。正直このトラ猫を買うときは少々悩みましたよ。
 なにしろこの見た目なので「大丈夫かな」と思ったのです。ところが、このトラ猫、いままで使ってきたセンサーライトの中で、センサーが最も優秀! 光る目の明るさも申し分ない。

 これは人様にもオススメできる出来のよいセンサーライトです。猫型であることが問題でなければですけどね(笑)

 ドラえもんを描いたアニメーターならわかるかもしれないですが、このトラ猫を見て、体型からなにか思いつきませんか。わたしはアニメのドラえもんにかなり近いと思う。頭と体の比率や足の長さが、ドラちゃんにかなり近いです。おなかのポケットのかわりにセンサーが付いている感じ。

 カワイイ比率とかシルエットってありますから、ドラちゃんを見て思いついた商品のような気がしますね(^^) だとしても、頭の形も違いますし、何の問題もありませんが。
 よいセンサーライトであることは間違いないです。



 もうひとつの白猫はこれです。
 猫のコーナークッション


 これは一見しただけではなんだかわからないと思いますが、シリコン製のコーナークッションです。使い方はこんな感じで、角にカプッと食いつくタイプです。

 猫のコーナークッション

 うちにある作り付けの吊り戸棚が、ドアのすぐそばにあるのですが、これがちょうど高さといい向きといい、殺人的に危険なんですね。いつかきっと頭をぶつけて脳挫傷で死ぬと思うくらい。

 この製品は猫型であるだけで、通常のコーナークッションと素材も性能も何ら変わりません。猫といえども役目は充分果たします。
 なんの問題もない製品です。

 「レイちゃんの猫グッズ」サイトににものせておきました。

 猫グッズ、売れているんだそうですね。もちろん犬グッズやパンダグッズも売れているんでしょう。








2014年8月30日土曜日

原画のカット数をたくさん上げる方法

原画のカット数をたくさん上げる方法


 なるべくカット数をたくさん上げたい、というのは、多くの原画が望むことだと思う。通常、テレビシリーズの原画を描いているアニメーターにとっては
   単価×カット数=収入

 でしかないからだ。
 実家暮らしで衣食住が保証されており、のんびり趣味の範囲で月10カットしか描かない人と、おなじ話数を担当したこともあるが、このように特殊な例はすべて除いて話を進める。

 また劇場用作品も、カットによる難易度の幅が極端にあり、「ヤマト発進!」カットなど担当した日には、月産1、2カットだと思われ、「カット数をたくさん上げる」という話になりようがないため、ごく一般的なテレビシリーズの原画で、カット数を上げるためのknow-howを述べようと思う。

「妄想代理人」についても、あれはまったく一般的ではない、非常に高水準の作画を要求したテレビシリーズだから、こういう時は忘れておかないといけない。


 では、そもそも現在、何カット上げたら充分一人前の原画といえるのか。わたしは1ヶ月60カットにラインを引きたい。
 他の条件についてはあとで検証していくが、とりあえず労働時間だけを考えて、1日に2ないし3カットを上げ、各週休2日、1ヶ月に24日働くと、月産60カットになる。
 60カット×4,000円=24万円 となり、なんとか東京で暮らしていける月収だ。


 だいぶ以前なら、原画は月産100カットを超えたら、そこそこの原画と見なされた。1本のカット数が今より多くて340。場合によっては400カット近いこともあったため、シリーズのローテーションに入っている各班は、4人で1本の原画を描くと、まあ普通。3人で描ければ速くて優秀な班という感じだった。
 現状のようにメチャメチャなスケジュールではなかったし、原画の絵も比較的ラフだったから、多くのカット数を描くのは以前の方がずっと楽だった。いまの月産60カットは、昔の120カット程度に相当すると思う。

 たくさんのカット数を上げるには、技術だけではなく、各種の条件が整わなければ無理だ。その条件とは以下の通り。

1)速く描きたいと本気で思っていること。
「速く描こうと思わなければ速く描けない」、というのは、著名なアニメーターにして監督である方が書いていた言葉だ。おっしゃるとおりであろう。
 これは絶対的な基本条件で、ここを曖昧にしていたら、速く原画を上げることは永遠に無理。

2)1作品1話数内で、できるだけたくさんのカットを持つこと。
 少なくともラフレイアウトやラフ原作業時においては、キャラ設定を見ないですむよう、キャラクターを覚えていないと速く描くことはできない。だから複数作品を同時に担当するより、ひとつの作品に力を集中させたほうが効率がよい。(現状はあとで述べる)
 いちいち設定を見なければ描けないのでは、設定を探すだけで馬鹿にならない時間がかかる。設定、分厚いんですもの(^^;) つまり速く描くということは、突き詰めればいかに無駄を省き、効率を上げるかにつきるわけだ。身も蓋もないが。

「おまえの話はいつもそうだな」、とか言わないよーに。本人だってわかってはいる。

 フリーの原画はとくに、効率よくカット数を稼ぐ方法を、自分の頭を使って本気で考えたほうがよい。
 最初にそれをしない限り、いつまでも量は上げられない。

3)カット①から順番に原画を描いていくこと。
 手持ちがC-120~180であれば、C-120から始め、121、122と順番にやっつけていくということ。量を上げたいなら、カット内容の好き嫌いをいっている場合じゃないのですよ。
 量をたくさん上げている何人かに聞いてみたのだが、全員「C-1から順にやる」といっていた。仕事の速さに何か秘密があるとすれば、これは速い人の秘密のひとつだ。カット数をたくさん持っていると、カット内容で今日の仕事を選んでいる余裕などない。そんな暇があれば、つかんだカットを順に描いていった方が早く上がる。
 もちろん、おなじ喫茶店のカットが飛び飛びにあるときは、喫茶店のカットだけまとめて描くほうが効率的だ。無理矢理カット順に描くという意味ではない。わかっているとは思うけど。

4)ミスをしないこと。リテイクを減らす。
 打ち合わせで言われてことがちゃんと出来ているか、原画やシートにミスはないか、最後にしっかり確認して出す。
 量をこなすには、1日にたくさんのカットを描く必要がある。だからリテイク作業で時間を取られている余裕などありませんのことよ。ミスを減らすためにも、速く上げるためにも、カット順に描いていくというのは非常に有効な手段なんだ。
 重要だと思っている人は少ないようだけれど、速く、たくさん、上げたかったら、①から順に描くという習慣をつけるといいと思う。
 カットを楽なところから描いていく人を見ていると、あとで前後のカットとよく繋げられるものだなぁと思う。かなり記憶力がよく、前後のカットつなぎを入念に計算した上で、抜き出したその1カットを描き、かつまたきちんとメモをとっておかないと無理でしょう。
 そんな手間をかけるくらいなら①から順番に描いた方が速いと思わない?
 
 本当のことを言ってしまえば、楽なカットから描く原画さんは、つなぎなど気にしない人がほとんどで、上記のような手間をかけるキッチリしたタイプは希にしかいない。
 だから、作監するとふつーに前後のカットがつながっていないことがわかる。

5)1日のノルマはなんとしても上げること。
 1日5カット上げないとアップに間に合わないとすれば、午前中に少なくとも1カットは上がっていないとむずかしいよね。そういう計算をしながらカットを上げていかないとたくさん描くのは無理。
 計算とか効率とか、まるで仕事みたいな言葉が並ぶと思うかもしれないけれど、原画はアニメーション制作工程における一部門にすぎない仕事ですから(笑) ある程度、効率優先になるのは当然なのよん。

6)アップ日を守ること。絶対に!
 効率を上げる方法を総動員し、その日のノルマはその日のうちに終わらせる。1日5カットのノルマなのに、今日3カットしかできなかったら、翌日のノルマは7カットになる。そういう考え方をしてちょうだいな。1日5カット上げるのが限界で、それなのに今日は3カットしか上げられなかった人に、翌日の7カットを上げられるわけがない。
 つまりアップ日に間に合わない。

 それでは多くのカットをこなすことは永遠に無理なことなのよね。
 アップ日を守るために、自分で決めたノルマを守る。多少、きょうの睡眠時間を削ってでも守る。

7)毎日、コンスタントにカットを上げること。
 これ、1番むずかしいことね。しかも地味そうで、おもしろくもないしカッコよさそうでもない。でも本当に一流のアニメーターたちは、コツコツと毎日コンスタントにカットを上げてくる。
 メチャメチャ速くて上手いと思われているアニメーターたちは、じつはみんなそうなのよ。たんに必要時間きっちり机に向かい、手を動かしているだけ。結果として、それが高水準の原画を大量に上げることにつながっているわけ。
「原画の質を維持して、量もこなそうと思ったら、毎日コンスタントに描くしかない」と、上手い人は口をそろえて言いますね。

 皆さんのまわりにもいると思うけれど「最後の1日で18カット上げたよ」などと自慢するアニメーターっていますよね。制作さんも、そういうのがカッコよく見えるようで「すごい人だ」なんて作監に報告したりする。
 でもわたしはそんな原画と制作にたずねたい。「その原画の質はよいものですか?」とね。
「おなじ人が1日6カットずつ描いてくれたら、もっとよい原画が描けたはずですよね?」ともね。


 東映アニメーションには、シリーズの原画1本分300カットと作監を、ひとりでこなすアニメーターがおいでになる。みんな知っているよね。しかも彼はそれを、もうっずっと続けているんだよね。このカット数は、絵描きの物理的限界量だとわたしは思う。
 しかも今どきラフな原画など通用しないから、わたしから見て「色トレ多くてたいへんそう」と思う作品を、きちんとした絵でひとりで1本描いている。休日もあるし、レイアウト期間もあるので、原画期間に入ったら、毎日十数カットのノルマになる。
「きょうは気分が乗らない」とか「きょうはやる気が出ない」「いまちょっとスランプで」などと悠長なことを言っていられる量ではない。
 ここまでくると、本当に上手い人でなければ描ききれないカット数だと思う。
 それをこなす彼は、毎日、朝7時から作画室に入っていますよ。

「特殊な例は持ち出さないんじゃなかったか? 結局、いい話がひとつもないじゃねーか」とつぶやいたあなた。あなた、本当にカット数をもっと出来るようになりたいと思ってる? 思っているなら、わたしがみんなに内緒で、いいこと教えてあげましょー。

 劇的にカット数を上げられるようになる方法が、じつはたったひとつだけあるざんす。
 授業料は、虎屋の水ようかんでいいわ。
 知りたい?

 いい加減にしないと水ようかんの空き缶が飛んできそうだから言うけれど、それは

「いままでの自分の限界を劇的に超えたカット数を請け負うことだ!」

 他に方法はない。
 平たくいうと、限界を超えたところへ自分を追い込め! ということね。

 わかりやすい例があるので引き合いにだす。
 神村がフリーになったとき、まさにそういう状況に追い込まれた。

 次の仕事も決まっていないのに、考えの足りなかった神村は社員アニメーターを辞めてフリーになってしまった。なってから気づいたが、社内のアニメーターというのは、社内作監が原画を見ているので、わたしは他社の誰にも存在を知られていなかった。
 仮に知られていても仕事を頼まれたかどうかはアヤシイが、「あー、このままだと仕事ないなあ」ということはわかったので、どうしたものかと困っていた。

 そのとき東京ムービーの制作部から電話が来た。神村というアニメーターの存在は、ムービーの制作さんしか知らないから当然と言えば、当然それしかないわけだ。
「作監に、女性原画を集めてくれって言われたんだ」 制作さんはそう言った。上手い女性原画は、名の知られた数人だけと思われていた当時、あえて女性原画を主力に作品を作ろうとした作監とは、どのような思考の持ち主なのであろうか。と、わたしは不思議に思ったことを覚えている。

 要するにムービーで決まった次のテレビシリーズが、少女マンガだったというわけだ。そこで作監は、この作品は女性原画が描いたほうが感じがよいのではないかと考えたらしい。じつに斬新な発想だった。
 わたしであれば、女性原画だの男性原画だのいうより、個人の技量を考えたほうがよいのではないかと思ったはずだが、おかげで仕事にありつけた(^_^)v

 しかしその時、制作さんの出してきた条件が、「ひとりで月に半パート」だった。社員のときは4人で1本だったから、わたしは月産100カット前後の経験しかない。当時の半パートは170カットくらいあったから、まったく未知の領域だ。
 けれど仕事はこれしかないし、フリーってそういうものなんだと、原画を半パートくらいひとりで描けないと、フリーとしてやっていくことは出来ないということなんだろうとわたしは思ったんだよね。制作さんに当然のように言われたものだから。
 本当はそんなこともなかったんだけれど(笑)


 ひとりで月に170カットの原画を上げるには、レイアウト(※レイアウト一原ではない)を1日あたり30カット前後、原画に入ったら1日あたり7~8カットずつ上げていかなければアップ日に間に合わない。そういう計算が出来上がったが、経験のない量なので、どのような時間配分をすればノルマが上がるのかわからない。
 そのため、最初はとにかくすべての時間を原画につぎ込んでみようと思った。眠くて集中力の糸がプツン、と切れるまで原画を描いた。
 もともと会社を辞めた理由のひとつが、「好きなだけ仕事をしたい」ということであったから、この望みはすぐにかなうことになった、というか、なってしまった。

 そうしたら、出来たんですよ、月にひとりで半パートの原画が。

 原画を育てるとき、毎月少しずつカット数を増やしていくのではなく、3ヶ月後、6ヶ月後などに、受け持ちカット数を1.5倍なり、2倍なりにいきなり増やすという方法がある。これは意識を切り替え、とにかく速く描けるようにするために有効だ。
 数カットずつ量を増やしていくのは、話数のカット内容によっては先月より今月の方が楽だったということが起こり、あまり意味がない。

 結論として、
「量を上げるには、どこかで一気にカット数を増やすしかない」のです。

 そしてそれが最も効果的。よさそうな時期に、機会があれば、自分の目標とするカット数の原画を受けてしまうといい。

 神村の場合、フリーになって最初の仕事が半パートの原画だったため、その後ずっと原画の半パート受けが基本になった。原画を半パート描き、残りの半パートを作監し、その合間に番宣や、キャラを描くのがわたしにとっては限界の仕事量だと思う。


 しかし、作品が変わっても、カット数にはあまり変化がないのはおもしろいね。シンエイ動画で「ドラえもん」や「あたしンち」を担当していた時も、量はおなじだった。これらは30分2本構成だから、半パートは原画1本分ということになる。


あたしンち  ドラえもん


「あたしンち」は作監込みで1本だった。この作品は、色鉛筆は軟質赤だけあればいいという、アニメーターにとってはたいへんありがたいものだったが、すごく速く描けるかというとそうでもなく、1ヶ月を3週間に縮めるのがやっとだった。
 いまの原画は、ていねいに清書し、キャラもかなり合わせないといけないためだと思う。


 くだんの、ひとりで作監+原画を1本のアニメーターみたいな量は、わたしには絶対にできない。人間業とは思えない。
 以前、その彼に「どうしてそんなすごい量をしてみようと思ったの?」と、聞いてみたことがある。
「ん~~~、ひとりで1本やってみないかと言われたことがあって、やってみようかなと思い、なんとなく」
 という答えだった。なんとなく出来る量ではないから、それ以前から高水準で大量のカット数を上げていたのだと思う。ひとりで1本の原画を描くには、少なくとも絵ではまったく困らない圧倒的な画力が必要だ。
 下書きを描いたり消したりしていてはまにあわない。根本のところで、すごい才能を持っているアニメーターでなければ不可能なことだ。

 だから多くのアニメーターの皆さんは、ひとりで月に300カットの原画を上げるアニメーターの存在は、見なかったことにしてよいと思う。


 とはいえ、カット数はあるときから意識して急激に増やさないと、少ないままの仕事量で、手を動かす速さや集中力の持ち方などが固定されてしまう恐れがある。20歳代の後半までには、自分の最大量と最高速を達成しておいてほしい。
 20歳代なら、速さを取ったために多少ミスをしても許してもらえるから。そして20歳代なら、体力任せで馬車馬のように働くことができるから。

 30歳代前半までで、いま月産40カットの原画さんには、月産を60カットにする潜在能力は必ずあると思う。機会があれば、是非挑戦し、最大カット数を維持していってほしい。

 自分の将来のためにがんばってみてね。そのうちもっとよい条件で仕事できる業界になるかもしれないから、そのときまで生き残っていてね。


 次回は「原画がカット数を上げられない業界構造的な要因とは」について考えようと思う。間に猫かなにかが入るかもしれませんけど(^^)





2014年8月24日日曜日

なぜフリーになったのか

神村は、なぜフリーになったのか

 元はといえば、わたしは東京ムービー(現トムス)の社員アニメーターとして原画を描いていた。最初からフリーだったわけではもちろんない。

 2年くらい社内で原画を描いて、そこで会社を辞めてフリーになった。
 それ以後は社員になったことはないから、わたしはアニメーターとしてのキャリアのほとんどすべてをフリーとして過ごしてきたことになる。

 先に、「フリーの条件」で、一人前になるまではフリーにはならないほうがよい、とわたしは書いているので、
「言っていることとやっていることが違うだろう!」
                            (ノ`ー´)ノ・・・~~┻━┻

 と、指摘されるかもしれない。しかし、外から見える形としては言動不一致のようだが、東京ムービーを辞めたことにはいくつかの正当な理由があり、それは先に述べた意見と相反するわけではないのだよ。(←エラソー)

 東京ムービーで原画を描いていた頃のわたしは、下記のようにかなり脳天気に仕事を楽しんでいた。



                         


 余談だが、このとき東京ムービー作画部には作監と原画しかいなかった。少し前に、会社が極力社内に現場を置かない方針を打ち出し、動画は海外出しでよい、社内に動画はいらないと決断したためだった。


 社内の作画は4名で月1本の原画を上げることがノルマだった。当時はそれくらいが普通。
 社員原画で給料制だから、会社の採算的には、作画部は確実に赤字だったのではなかろうか。社員だと厚生年金や社会保険料、賞与、残業代など、会社のコストはかなり多いですからね。

 一般の会社であれば、給料が上がれば仕事の負担も増えていく。しかし東京ムービー作画部のアニメーターたちに、そういう感覚はなかったようだ。一班4名の原画には、マンガに出てくる班のチーフ(社内作監)や、わたしのような駆け出し原画も含まれる。年功序列の給与規定なのでベテラン原画は当然給料が多い。わたしは1番下っ端だったので給料は1番少ない。
 けれど、1本のカット数を4名で均等に分けていた。チーフは他3名の原画を直したり教えたりしてくれるので、別に手当をつけてもよいくらい(ついていたのかもしれない)だが、ベテランの原画はどうなのか。駆け出しのわたしとおなじカット数ではおかしくないか。と、論理的には考えてよいはずだ。
  だが、誰も特に問題にはしていなかった。作画部の空気かもしれないし、会社の管理が甘かっただけかもしれない。

 わたしは作画部で1番安い給料ながら、毎回1番たいへんなシーンを担当し、1番多くのカット数を上げていた。とはいえ、駆け出しだったので「人より多くの量を上げれば、それだけ多くの経験を積むことが出来、その分確実に人より上手くなる」という、大塚康生さんの動画や若い原画への教えを信じて実践していたにすぎない。
 だからわたしも、カット数の均等割というシステムに文句はなかった。


 これも多少余談なのだが、わたしの給料は、じっさいにはわたしが思っているより少なかった。意味わからないでしょう。時代を象徴する事実なので、そしてこの事実を体験したアニメーターは、わたし以外には東映長編時代の女性アニメーターくらいしかいなかったであろうと思われるため、記録を兼ねて書いておく。

 当時の作画室で女性はわたしだけだった。ある日たまたま、作画室の物置でわたしは東京ムービーの社員規定を手に入れた。別に秘密文書ではないので、当初は各部に置いてあったものが忘れ去られていただけだと思う。

 社員規定を読み、わたしは初めて当時の社会が当然のごとく、女性を男性より劣る労働力と位置づけていることを知った。アニメーターという技術職でさえも!
 当時東京ムービーでは、男性の定年は60歳、なのに女性の定年は55歳。そしておなじ職種でも初任給から定期昇給まで、男性より女性のほうが低かった。
 今なら笑っちゃうよね。

 最初は出来高契約で東京ムービーへ入り、動画単価に男女差があろうはずもなく、それなのに社員になったとたん、女性だというだけでわたしは自分でも意識しないまま差別されていたんだと知った。
 作画室の誰よりも長時間働き、誰よりも多くのカット数を上げているわたしが、年功序列だけではなく、こんなところでまでも不条理としか思えない差別を受けていたなんて、わたしは何も知らなかったのよ。
 同一労働、同一賃金の原則から、この社員規定はいまでは違法。

 他に自分で知っていた給与差別もある。
 労働基準法(あ、思いっきり簡潔に書くので読み飛ばさないでっ^^)で1週間の労働時間は40時間が上限となっている。それ以外は残業だったり、夜22:00を超えた場合は深夜残業だったり、休日出勤だったりするのね。40時間以上の分は割増賃金になり(説明は省く)、東京ムービーの場合も一般的な割増率だった。
 つまり、給料が、時給1000円相当だと仮定するとね
・残業代は1時間1,250円
・深夜残業代は1時間1,500円

 になるわけ。東京ムービーのアニメーターが定時の18:00からほぼ毎日21:00くらいまで残業したら、給料に残業代が毎月10万円くらい上乗せされる。これは会社にとってはたまらないでしょう。定時のあいだに原画のノルマを上げてほしいと思うはず。
 けれど、なかなか定時内で終わらせることは全員むずかしかったようで、20:00くらいまでの残業は、みんなよくしていたね。1番面倒なシーンを1番たくさん上げていたわたしの場合、技量が追いついていないせいもあり、だいたい最後のひとりになるまで残業していることも多かった。

 ひとけがなくなると、ゴッキーが出張ってくるのが怖かった(笑)


 けれどわたしの残業代は、作画部で1番少なかった。圧倒的に少なかった。なぜなのか。
 基本給が低かったからではない。いまでは考えられないことだけれど、当時、女性の深夜労働は一部の職種(看護師さんなど)を除き禁止されていたんですよ。法律でね。

  (労働時間などに係る女性保護規定について)


 わたしはアニメーターだから、男性は総合職、女性は補助職というような考え方をしていなかった。女性は下手でいいなんていういいわけは、原画として通用しないものね。
 けれどある日、総務部長に呼び出されたわたしは、自分のタイムカードを見せられ、「女性に夜8時以降の残業をさせると違法なため、動労監督局から指導が入る。最悪の場合、社長が呼び出しを食うのでやめてほしい」と頼まれた。

 わたしはわかりましたと了解した。法令は遵守せねばならない。どうにもならないことだった。
「でも」と、わたしはお願いした。
「タイムカードは夜8時になるまでに押します。でも、夜中まで作画室で仕事をすることは見て見ぬふりをしてほしいです」
 総務部長はとても人柄のよい方だったから
「タイムカードを押してしまったら、そのあとの残業代はもらえないよ。それでかまわないの?」と、おっしゃった。
 わたしは大きくうなずいた。
「いいんです。わたしがいま欲しいのは、アニメーターとしての技術です。残業代は問題じゃないんです」
 カッコイイ! (←自画自賛)


 作画室の男性の中には、ほぼ毎日、定時になると姿を消し、近くの自宅でゆっくり夕食をとり、2時間くらいたってからまた作画室に現れ、ちょっと机に向かってからタイムカードを押して帰るというチャッカリ者もいましたのことよ。残業代稼ぎですね。
 みんな気づいていたけど、何も言わなかった。

 だけど、そういったことがいやになって会社を辞めたわけではないのよね。

 むしろ原画としては、班のチーフ(社内作監)や作監(社内総作監)に甘やかされ、好き放題させてもらえたおかげで、いまがあると感謝している。マンガに描いてあるとおりなんだけれど、チーフと作監は、わたしを一人前の原画に育てようとしてくれていた。なんてよい環境なんだ(^^)


 打ち合わせのあとのカット分けで、わたしはいつも自分が挑戦してみたいシーンを自分で勝手に決めていた。時にはチーフが「う!」とたじろぐ、駆け出し原画のわたしにはかなりむずかしいシーンもあった。それでもチーフは一度もまだ無理だとは言わなかった。
 描かせてみて、直してくれた。チーフからも作監からも原画リテイクはあったが、これまた一度も叱責されたことはない。直せばもっとよくなる的におだてて育てるリテイクだった。

「好きに描け」としか言われなかったような気がする。甘やかされとるよなー。

 毎回、描いたことのないシーンに挑戦させてもらえた。「挑戦」という言葉がすでに、わたしが一人前の原画ではなかったことを物語っているのだが。
 毎話数、次々初めて描くシーンを選んだのは、もちろん経験を積み、なんでも描けるアニメーターになりたかったこともあるのだが、心のどこかで、「ここに長くはいないだろう。だから好き放題させてもらえるうちに、出来るだけ多くの経験をしておこう」と、思っていたのも確かだった。
 駆け出し原画の分際で「なんちゅー言い分」と非難されれば、事実だから、甘んじて受ける。

 けれども、外にはそれほどまぶしい世界があったのだもの。

 おなじ作品を担当していたきら星のように輝く、友永さんや丹内さんといったアニメーターの存在に目を奪われずにはいられなかった。
 これが制作会社にいるアニメーターの強みだが、階下の制作部へ行けば、友永さんや丹内さんや、たくさんの上手いアニメーターの原画が見られた。放映後の原画をもらってきて描き方をなぞったり、動きを学んだりできた。

 フリーの演出さんに「ライディーン」のキャラクター設定を見せてもらい、別世界がここにあると思った。
 外には上手いアニメーターが、もっともっとたくさんいる。いつかその人たちといっしょに仕事ができたら。

 わたしも上手くなりたい! そう強く思ってしまったのが、フリーになった最大の要因だと思う。

 チーフと作監には本当によくしてもらったが、わたしはもっと上手くなるために、外に修行に出たほうがよいと思った。そして労働基準法に縛られず、好きなだけ働いてみたかった。

 だからフリーになった時は、目一杯働いたですよ。
 そうせざるを得ない事情もあったのだけれど、それはまた今度。

 一点だけフリーになって困ったことは、フリーになった時点で仕事が決まっていなかったこと(笑) 後先考えなかったということですね。
 皆さんは、こういうバカなまねをしちゃいけません。次の仕事が決まってから会社を辞めよう。
 これ、かなり重要なアドバイス!



 ちなみに、このGoogleブログ、Google Chromeで表示すると、こちらが予定したレイアウト通り表示されますが、Internet Explorerで見るとかなり表示が崩れています。
 Internet Explorerだと、かなり見苦しくなっている部分もある感じ。

2014年8月23日土曜日

モブシーンの描き方

モブシーンの描き方


 ある夜、知り合いのアニメーターから電話が来た。そのとき彼は、面倒な劇場用映画で(劇場用はたいがい面倒だが)原画を担当していた
「神村さん、モブシーンの描き方、教えて下さいよ」
 疲れをにじませた声で彼は言った。
 この彼は自身が劇場用の作監をするくらい優れたアニメーターで、理論に裏打ちされた画力を持っている人だった。わたしにモブシーンの描き方を教わる必要は彼にはない。ただ、いま現在たいへんなモブシーンを描いていて、誰かに電話して話さずにはいられないという状態だった。
 わたしはとても親切なので、彼によいことを教えてあげた。
「ああ、それならね、夜中に小人(ルビ=こびと)さんが描いてくれるのを待つといいよ」
 とね。

 いま誰か「人非人・・・」とかつぶやいた?

 しょうがないじゃないよ。モブシーンの描き方なんかないんだから。アニメーターにとってモブシーンは、描くか、描かないか、この二択しかない。

「それしかないですかねえ」
 彼はそう答え、小さくため息をついた。そして続けた。
「でも、神村さんってモブシーン得意ですよね。せめてなにかアドバイスください」
「モブシーンが得意なアニメーターなどいない」
「みんな鎧を着ていてしんどいんですよ」
「それはさぞしんどかろうね」
「神村さんって、モブシーン描くの好きですよね」
 アホかー!! という言葉をわたしは飲み込んだ。
「どこでそのようなガセネタを。モブシーンが好きなアニメーターなど、古今東西ただのひとりたりとも存在しない。賭けてもいい」
「だけど、好きでなきゃあんなに描かないでしょ」
「ちょっと待ってね。なんかものすごく勘違いしていないかな。わたしはモブシーンなんか、キ、ラ、イ、なの! 神村さんはモブシーンが好きだから、とか、よそで絶対に話さないでね。モブシーンしか回ってこなくなったら、ほんとに困るからね」
「え~~~。・・・じゃあ、黙って描くしかないんですかね~?」
「ないね」
 即答したものの、これだけではあまりに気の毒だと思ったので、わたしは言葉を追加した。なにしろとても親切なので。
「ひとつ、いいことを教えてあげる。モブシーンを描くときにはおまじないの言葉があってね」
「どんな?!」
「描けば終わる。いつか終わる。・・・とつぶやきながら描くのですよ」
「・・・・・」
「描かなきゃいつまでたっても終わらないのよ、モブシーンなんかね。でも、とにかく描けば終わる。どんな仕事もいつかは終わる。終わらない仕事はないのです」

 そう励ましたが、彼にとっては励ましになり得たのかどうか知らない。とはいえ映画は完成していたから、彼はモブシーンを描き切ったのだろうと思う。お疲れさん!


 アニメーターにとってモブシーンはつらい。手描きアニメーションにもっとも向いていないシーンのひとつが「モブシーン」だと思う。
 キャラクター制を採るディズニー映画ですらも、息を飲む見事なモブシーンを見せてくれたのは、「ライオンキング」や「ムーラン」のようにCGを導入してからのことだ。


                             画面後方の騎馬軍団がモブシーン(ムーランの1シーン)




 神村はモブシーンが好き、などとよそで言わないよう彼に釘を刺したのは、以前じっさいに勘違いした制作さんがいたからだ。
 絵コンテを持ってきてくれたその制作さんが「神村さんの担当はここからここまでのカットです」と告げたあと「あ、でも神村さんってモブシーンが好きなんですよね? もし後半のモブシーンのほうがよかったら、そっちに変えてもらいましょうか?」と、心からの厚意で、わたしの背中に氷のかけらを投げ込んだことがあったのだ。

 アホかー! とこの時も思ったが、なにしろ相手は本物の厚意で言っているのが明らかだったため、それを口にはしなかった。
「モブシーンはすでに一生分描いたと思うから、もう描きたくない」
 代わりにわたしはそう言った。「なるほど、そういうもんですか」と制作の彼は納得したようだった。


 わたしはほんとうに、モブシーンは金輪際描きたくないと思っていたんだ。


 その前年夏に、日曜祝祭日および夏季休暇のいちにちもなく、モブシーンを描き続けたことがあったから。平均すると1日当たり16時間くらい机に向かっていたと思う。
 そのくらいしなければモブシーンの原画など上がらないのですよ。

 このときの劇場用作品で、わたしが大量のモブシーンを振られたのには理由がある。通常、上手いアニメーターには主人公がらみの重要なシーンが回される。
 劇場用作品においてはすべてのカットが高い完成度を要求されるから、モブシーンがどうでもよいカットだとはいわないが、作品における重要度はあきらかに低いといわざるをえない。
 つまり、わたしは期待されていなかった。どうせ下手だろうから、とりあえず戦場のモブシーンでも振っておけという判断だったと思われる。
 初めての会社で、初めての監督と演出、プロデューサーだったから。

 でなければ劇場用においては、アニメーターにとってただつらいだけのモブシーンしか与えないということはしない。いくらなんでもアニメーターが音を上げて逃げてしまう。しかし、どうせ使えない原画であれば逃げられてもかまわない。
 あとでまき直しでもするつもりで、モブシーンをわたしに振ったのだろうと思う。

 フリーのアニメーターが最初の会社で仕事をするときに、往々にして起こることが起きたにすぎない。だからわたしも、そのこと自体は気にしなかった。
 モブシーンの原画を描くのは誰だってイヤだ。けれど、いずれにせよ誰かがこれをやらねばならぬ。

https://www.youtube.com/watch?v=oCeQKYOtzDw&feature=youtube_gdata
    (2番の歌詞を聴きながら読んで下さい)


 だから、たまたまわたしが描くことになっただけのことだ。そう思った。そう思わなければしんどい(笑)
 そして描くからには「よく描いたなあ」と監督やプロデューサーに思わせたい。
 そう思ってもらえなければ、フリーアニメーターに次の仕事はない。少なくともこれよりよい仕事は来ないだろう。


 問題は劇場用作品のモブシーンが、たいへんにしんどいことだ。技術的な水準でいえば主人公がらみのシーンのほうが、演技や動きを突き詰めなければならない分むずかしい。モブシーンのしんどさとは、異常に時間を必要とすることにつきる。
 描いても描いてもその1カットが終わらない。それが50カット程度あったんだ。

 24時間、机に向かい原画枚数3枚しか描けないカットがあった。画面に300人いて、全員動いていたんだもの。1枚に8時間かかっているわけだから、動画さんも中割にそのくらいはかかったかもしれないね。
 モブシーンの動画は固定給の動画さんでないと、描かせるべきでないとわたしは思う。出来高ではあまりにも気の毒。


 テレビシリーズでもそうなんだけれど、とはいえ基本的にテレビシリーズではモブシーンは避けることになっており、あってもあまりしんどいことにならないよう工夫がされているからまだいいのだが、モブシーンの原画にはある特有の原則がある。


【画面内の全員が動いているモブシーンの原画は、作画監督が修正できない】


 ということだ。これはじっさいに作監してみないとわかりづらい話かもしれない。作監にとってモブシーンとは、

1)そのまま使うか
2)描き直すか

 の二択であり、その中間が存在しない。
 数十人が動いているカットで、その中の一人を修正したら、影響される周囲のキャラクターも直していかざるを得なくなり、すべて描き直したほうが早かったという結果に終わる可能性がある。カットの出来もよいものにはなり得ない。

 特に、モブシーンにおいても一定の水準を保ちたい劇場用では、使えないと思った原画は、即座にまき直しをしたほうがスケジュールに与える被害が少ない。

 モブシーンで、どのような原画が使えない原画なのかというとこれはしごく明解で、技術自体はそこそこあるというのが前提だが、原画さんが「たいへんだから、なんとか楽をしよう」と思って描いた原画はまず使い物にならない。
 必ず多くの箇所で動きが破綻しているし、絵もかなり雑なので、動画さんが線を拾えない。いるはずの人が消えたり入れ替わったりしており、動画不能になっていることが多い。
 作監修正でどうにか出来るものではない。


 神村としては、若い原画のみなさんに、モブシーンを必要以上につらく思わないで描く方法をいくつかアドバイスできると思う。

1)モブシーンを振られたら、その時点でいさぎよくあきらめる。
 「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」的なレベルのあきらめが必要です。

2)決して楽をする方法を考えてはいけない。
 「楽をする方法は絶対にない」ため、考えるだけ時間の無駄であるとともに、そう思った瞬間によけいにつらくなってしまう。これは精神的に無意味な上に非合理的だ。適当な描き方をすると、自分でも次がわからなくなるため、ただ黙々と実直に描いていこう。

3)集中して長時間机に向かう。
 「モブシーンは時間勝負」だ。時間勝負でしかないといってもいい。とはいえ、いくら時間をかけても、気楽に描いていては絶対に終わらない。集中力が途切れるとモブシーンは描けなくなるため、歯を食いしばって耐えよう。


「アドバイスになってねー」と思ったかもしれないが、以上がモブシーンから可能な限り早く解放されるベストな方法だ。
 きちんと描いちゃったほうが、結果として絶対に早いからね。
 覚えといてね(^^)






2014年8月16日土曜日

猫グッズ サイト リニューアル(=^・^=)

 まあ、読む人もあんまりいないと思うのだが、自己満足しているので書いておこう。

 「レイちゃんの猫グッズ」  http://www7b.biglobe.ne.jp/~nekogoods/index.html
リニューアル・オープンなのニャ!

 猫グッズ探しになれてきた。そうするといままでその存在を知らなかった「非常に役に立ちそうもない猫グッズ」などが見つかり、だんだんおもしろくなってきた。

 わたし個人として最近買った猫グッズはマグカップだ。


 やはり猫グッズは「マンハッタナーズ」最高\(^ ^)/
この絵描きさんは、マンハッタン在住の久本貴史さんとおっしゃる日本人だ。たいへん絵が上手い。日本人の描く猫はやっぱりイイなあ。

 わたしとて絵描きの端くれであるから、自分より上手い絵でなければ絶対に身近に置くことはしない。自分で描いたほうがマシ程度の絵では、手元にあっても癒やされない。そんなものを買ってもしようがないでしょ。

「マンハッタナーズ」は基本的に大人向けの商品展開ですね。お財布やバッグなどは材質と作りがよいためもあって、安くないです。でも、それだけの価値はあります。


 最近見つけたしょーもない(この、しょーもない、にはそれなりに暖かい気持ちが入っている)猫グッズはこれだ。
ニャン手 メガネ拭き

 
 ニャン手、肉球付き(肉球付きは猫グッズのお約束)
一見すると指人形のようだ。が・・・


 どこがなぜしょーもないかというと、これの用途が


 メガネ拭きだっていうこと。いや、絶対、普通にメガネクロスで拭いたほうが早いでしょ。それに拭きやすいでしょ。
 このニャン手で眼鏡を拭くには、机の引き出しからニャン手を取り出し、まず指にはめなければならない。いくら猫が好きでもそこまでするか?

 という話を人にしたら、わたしがマンハッタナーズ製品を探して買っているのもおなじレベルだと言われた。

 そ~かな~~~(^^;)


 ちなみにこのブログ、「アニメーターのギャラに消費税をつけてほしい」というような話だと閲覧数は2万を超える。でも猫グッズ話だと二桁ちがう(笑)




2014年8月4日月曜日

フリーの条件

フリーの条件

 正確に言うならば

「フリーの原画アニメーターになってもよいと考えられる、絶対必要条件とはなにか」

 ということだ。今回はこの命題について考えてみよう。

 基本的に作画とは、映像産業の多種多様な製造ラインの1部門であるから、アニメーターは制作会社や作画プロダクションに採用されることで、そのキャリア構築のスタートラインに立たせてもらえる。
(※基本論なので、極端に特殊な例は除外して考えてもらいたい)

 短編アート・アニメーションと違い、商業アニメーションはアニメーターが一人で作品を作ることはできず、それぞれのセクションの専門家がよってたかって映像のクオリティを上げていくことで成り立っている。
 したがって新人アニメーターは、その製造ラインに組み込まれることによってのみ、アニメーターという仕事を始めることができ、商業アニメーションに必要な共通言語や基本認識を学ぶことができる。

「フリー」というのは固定の制作会社や作画プロダクションに所属せず、作品ごとに制作会社間を移動する専門家のことで、アニメーション業界には
 監督、演出、原画、動検、動画、仕上げ、背景、美術
等の職種が、過去からフリーとして存在した。以前は撮影台を必要としたため、決してフリーとして存在し得なかったのが撮影職種だが、いまはPC作業なので可能かもしれない。 ………が、フリーの撮影は必要とされていないようにも思う。このあたりはあとで撮影監督さんに聞いてみよう、うん。

 さて、なぜ「フリーの条件」について語るかといえば、いま原画職におけるフリーの割合が多すぎるのではないかと思うからだ。そのため、過去のフリー原画なら当然であった条件が、現状ではまったく通用しない。

【フリーとは、どこへいっても確実に通用するだけのすぐれた実力があり、
                                        各社から指名で仕事がくるアニメーター】

 というのが過去の「フリーの定義」であった。わたしが駆け出しだった頃のフリーアニメーターは、誰もがその名を知っており、圧倒的な実力をお持ちの方々だった。したがってフリーになれるのは、選ばれたごく一部のアニメーターに限られ、その存在は一般のアニメーターにはまぶしかった。

「フリーはアニメーターの花」といわれた所以であったろう。これは高名なアニメーターの言葉だ。

 また、非常に上手いこれも高名なアニメーターから「はじめての会社に行ったときは、俺より上手いやつがいたら出してみろ、って言うんだ。いるはずないからさ」と、聞いた。
 売らなくていいケンカを端(ルビ=はな)から売っているような気がしないでもないが、当時フリーのアニメーターであるということは、それくらいの気概が必要だったのだろうと思う。

 余談だが、わたしは当時東京ムービー(現トムス)に雇われており、アニメーターにとっては神様的存在の大塚康生さんとおなじ会社にいたわけだ(^_^)v こんなことで威張ってどうする(笑)
 駆け出しのわたしと大塚康生さんの実力には当然のことながら、地球から1番遠いULAS J1120+0641クエーサー、288.5億光年くらいの開きがあり、差が途方もなさ過ぎて認識不能状態だった。
 だからわたしは、分け隔てなくヘッポコ駆け出しアニメーターにも親切にして下さる大塚康生さんを非常に敬愛はしていたが、あんまり恐れてはいなかった。差がありすぎるとこんなもんです。
 そんなある日、かの「俺より上手いやつがいたら…」アニメーターが、昼休み時間にムービーへやってきた。何をしに来たのかは知らない。
 わたしが目にしたのは、彼が、たまたま外へ出ていた大塚康生さんを見つけ、かつて目にしたこともない緊張した面持ちで大塚さんに最敬礼している姿だった。言葉を交わすときは直立不動であった。
 相手がただ先輩だというだけで畏れいるような彼ではまったくないから、自分の実力は大塚康生さんに及ばないと明確に認識しており、かつ心から尊敬していたのだと思う。
 彼は帰り際に「大塚さんがいるんだから、よく教わるんだぞ」とわたしに言い置いて帰って行った。
 あなた、そんなまじめにアドバイスをくれたこと一度もないじゃん。だいたい、わたしはまだ大塚さんに教われる水準に達していないよ。………とわたしは思ったが、大塚康生さんのすごさは再認識した。
 当時は大塚さんもフリーだったと思われる。東京ムービーが社員で雇用していたら、社内の給与規定から大きくはみ出る金額を払うことはむずかしかったと思うから。社長がとうしてもと口説いて東京ムービーに来てもらった大塚さんだったのだし。

 元々フリーは高額の契約料を払ってもほしいと会社に思わせるだけのアニメーターのみがなれる労働形態であったのだ。


 いまは誰でもフリーになる。なれる。
 社内で1~2年原画をしたら、フリーになるのが当たり前という感覚だと思う。20歳代~30歳代前半のフリーアニメーターに、フリーでいることの利点やフリーになった理由を聞いてみた。以下に箇条書きする。


・作画プロに所属していると経費を20%も引かれてバカバカしい。損だと思った。

・毎日会社へ通いたくない。自分の好きなときに仕事をしたかった。

・会社にいると、仕事を自由に選べない。しかも会社のつごうで突然ほかの仕事を手伝わされたり、やったこともない作品なのに、間に合わないからと原画のラッシュリテイクを今日中に上げてと言われたりする。便利屋みたいに使われるのはいやだ。

・フリーじゃないと下手だと思われる。早くフリーになったほうがかっこいい。

 このへんが代表的な意見かな。
  では、以下ひとつずつ検証してみよう。



●・作画プロに所属していると経費を20%も引かれてバカバカしい。損だと思った。

 この意見を出してくれた方は、手も速く、原画月産35万円以上は安定して稼いでいたので、20%引かれると毎月7万円になりますね。この人の場合は損だと思う。

 しかし、稼ぎが月15万円くらいまでだと、引かれる経費は3万円程度。場所代(家賃)、電気代、冷暖房代、材料費(鉛筆ほか)等々で作画プロが一人あたりにかけている経費とトントンだと思うので、この金額だと損だとまではいえない感じ。

 そして逆に会社にとって、もっと稼いでくれないと経費も出ないよ、というのが月収10万円以下のアニメーターだ。置いておくだけ赤字なのだが、原画も育てなければならないので、赤字の分は稼ぐアニメーターからの20%で埋め合わせているのが現状だと思う。
 しかし、稼げるようになったアニメーターにとっては確かに損なシステムだから、ある程度会社に新人時代の恩返しをしたら、フリーになってしまうのもやむなしかなあ。もともとの収入が少ないものね。


●・毎日会社へ通いたくない。自分の好きなときに仕事をしたかった。

 この方が言っているのは、おもに時間のことだった。夜中に仕事をしたり、たまには昼過ぎまでゆっくり寝たりしたいとのこと。だからフリーになってからはとても楽だそうだ。

 まあ、皆さんも気持ちはわかるざんしょ? 会社員だと、風邪気味で少し熱があるときでも休むわけにはいかないことってあるものね。自宅で仕事をしていると、風邪がかなりしんどいなぁと思ったら「無理しないでちょっと横になる」ということがすぐできるのは、とってもありがたいとわたしも思ったことがある。


●・会社にいると、仕事を自由に選べない。しかも会社のつごうで突然ほかの仕事を手伝わされたり、やったこともない作品なのに、間に合わないからと原画のラッシュリテイクを今日中に上げてと言われたりする。便利屋みたいに使われるのはいやだ。

 その通りだね。作画プロだと何作品か入っている中から「これがしたい」と多少のわがままを言う余地はあるかもしれないが、制作会社の作画部にはまったくない。次はこれ、と会社が決めた作品をするしかない。
 また便利屋的に使われるのも社内の定め。たしかにアニメーター的には迷惑な話なんだけれど、制作側に立ってみると「このリテイクを本人にもどしていたら間に合わない。なんのために社内作画があるんだ。ピンチの時に会社を助けてくれないなら、社内作画を置く意味はない」と思うだろうね。
 わたしは制作会社育ちで、常に制作のそばにいたから、制作さんの気持ちを少しはわかるつもり。とはいえ、便利屋的な仕事を振られるとやっぱり「え~~~(^_^;)」って、つい言ってしまうんだけれどね。

 社内は作品を選べないと書いたけれど、それが普通だと思うけれど、そして社内はそれでもしかたがないと思うのだが、作画水準の高い作品で有名なある制作会社では、経験の浅い原画にも作品を選ばせてくれるところがある。それが他社の作品でもわざわざ取ってきてくれる。「自分がしたい作品ならがんばるし、原画の覚えもよいのではないか」という理由だそうだ。
 そして、自社の作画水準が高いので、外から取ってあげた作品も必ず上手い作監がチェックしてOKになってから出すとのこと。
 わたしは、まだあまり上手くない原画は、社内の作監と同じ作品を担当したほうが教わりやすいと思ったので、「独り立ちできていない原画に、そこまで自由にさせなくてもよいのでは?」と聞いた。答えは「好きな作品ができないと、辞めてそっちへ行ってしまう」というものだった。
 なるほど、アニメーターって確かにそういうところがあるよねー。うんうん。


●・フリーじゃないと下手だと思われる。早くフリーになったほうがかっこいい。

 そんなことはないでしょ、あーた。と、即座にわたしは思ったが、20歳代でたいしたキャリアもないのにフリーアニメーターの方って多いから、若者のあいだではそういう意識になっているのかな?
 これは20歳代ギリギリで原画経験6年の方の意見です。

 彼に収入を聞いてみたら月収9万円とのことだった。原画経験6年あるなら月収は9万円じゃダメでしょ。かっこよくないでしょう。

 アニメーターは20歳代に仕事量のピークが来るとわたしは思っている。だいたいそんなものだと賛同してくれる方も多い。つまり20歳代でたくさんカット数をこなす経験をしておかないと、その後にカット数を増やすことはできなくなるということだ。
 30歳代から40歳代はアニメーターにとって働き盛りで、ピークの量を維持しつつ、原画の水準を上げ、緻密さを増していく時期だと思う。このことと、仕事量を増やすことを同時にはできない。
 だから20歳代には仕事量のピークを達成しておくべきなんだ。そうしないと将来アニメーターで食べていくことはむずかしい。
 カット数をたくさんこなすのは、それなりに上手くなければ無理な話だから、自分がフリーでやっていける、どんなカットが来ても試行錯誤したりしながらなんとか完成させられるという自信が持てるまでは、できればフリーにならずに、上手い人のそばにいたほうが自分も上手くなれ、結果として速くなれると思う。

 非常に上手いアニメーターに関しては、ひとりで放っておいても自分で勝手にうまくなるのでどうでもよいが、一般的、というか大多数のアニメーターは技術が未熟なうちにフリーになるのはやめておいたほうがいい。特に自宅でひとりというのはとってもマズイ。才能に恵まれたごく一部の人以外、アニメーターはひとりで上手くなることはまずできないからだ。

 いろいろ理由があって、会社を辞めることもあると思うけれど、たとえ身分はフリーでも、上手いアニメーターがいる制作会社に席を借りるといいと思う。

 だいたいフリーになったって、自由に仕事を選べる人なんかごくわずかでしょ? 多くのフリーアニメーターは「断ると次の仕事が来なくなるような気がする」と心配している。来た仕事をしているだけなら、いいように使われているのと同じだよね。



 結論として、フリーになる絶対条件は

「それなりに上手く、どんなカットが来ても作監が困らない水準の原画を描け、プロとしてはずかしくない収入を得るだけのカット数をこなす手の速さがあること」

 だと思う。


 それができたら苦労しないわ、とか言わないよーに。
 大丈夫、本気でがんばればなんとかなるよ(=^・^=) でも無茶しないで、ちゃんと野菜も食べないとだめよ。







2014年7月16日水曜日

猫の一休建築士

 すんごく大きな猫を見つけたのでご紹介\(^ ^)/

 普通の猫は体重4kg前後なので、このニャンコは約2匹分ですね。虎の子供みたい。

 猫は人間の気を引こうとするときや、不満があるとき、飼い主に向かって不意打ちで、三角飛び蹴りをしてくるのだが、このニャンコにやられたら、椅子から転げ落とされるなり、床にたおされるなりして、こちらが無傷ですみそうにない(笑)

 5kgの米袋と3kgの米袋を重ねて持つより、重いのね~。
 でもカワイイ(=^・^=)

 
 
猫の一休建築士ブログhttp://petlives.jp/love-cat/1216より(猫の写真いっぱい)

2014年7月11日金曜日

ロゼッタストーンとの別れ

 わたしはずいぶん長いこと、ロゼッタストーン型のマウスパッドを使っていた。しかし、これは最初からマウスパッドとしては、あまり使いやすいものではなかった。
 それでも個人的にロゼッタストーンには悠久の歴史ロマンを感じていたため、平たくいえばロゼッタストーンのファンだったため「滑る」とか「厚さにマウスが引っかかる」などと思いながらも、机上にロゼッタストーンのレプリカがあるということに満足していたわけなんだ。



 だが、元々あまり性能のよくないマウスパッドだったものが、経年劣化によりさらに使い勝手が悪くなり、マウスの動きをうまく拾っていないのではないかと思うようになってきた。操作にストレスを感じるマウスパッドなど、使う意味がそもそもない。


 そこでついに、新しいマウスパッドを買ってみた。マウスの動きをうまく拾うような工夫がされているという厚さ1ミリ以下の製品である。
 使ってみたら、これがメッチャ扱いやすかった。この性能差の前には、歴史もロマンもあったものではなかった。ロゼッタストーンは速攻で燃えないゴミの袋に入った。1ミリグラムの未練も感じなかった。

 今までロゼッタストーン型にこだわっていた自分を、いささかマヌケに感じた出来事だった。

 早く変えればよかった。マウスパッドは新しいほうがイイ!

2014年7月8日火曜日

「猫なんかよんでもこない。」

「猫なんかよんでもこない。」

「猫なんかよんでもこない。」というマンガがあります。わたしはこのマンガ自体はあまり読んだことがないのですが、耳にしたときから、このタイトルは秀逸だと思っていました。
 猫の習性をひとことで完璧に表現しているからです。猫とつきあったことがあるみなさんなら「うん、そう!」と誰もがうなずくことでしょう。
 猫ってホントにそういうヤツです(^^;)



 猫とつきあったことのない方のために、軽く猫のレクチャーをしますね。(興味のない人は読まないと思うが・・・)

・猫の外見は血統で決まるので、美しい外見の猫がほしければ、両親とも猫品評会チャンピオン猫の子供を買えばよい。(この場合の美しい外見というのは、その猫種の特徴を強く持っているということで、顔がカワイイということではない)

・猫は犬にくらべて、頭の良し悪しに個体差があまりないように見えるが、それは大間違い。わたしがつきあったそう多くない猫の中ですら、
 ★非常に頭がよく、芸を含めてなんでも一度で覚え、瞳に知恵が宿っている猫。

 ★とてつもなくおバカで、目を見てもボーッとしており、あきらかになんにも考えていない猫。

 がいた。おバカなほうの猫は、「ああ、これが猫でよかった。おバカでも猫なら学校へ行くわけではないから問題ない」と何度もしみじみ思ったことがある。それくらいおバカな猫だった。
 じつは猫にも人間と同じくらい頭の良し悪しに差があるのです。


 とはいえ、おバカなほうの猫もお手くらいはわりとすぐ覚えました。猫は芸をしないと思っている方は多いと思うが、教えればします。お座り、お手、お代わりまでは普通に覚えますね。
 バン! と撃ったら、ドサッと倒れるという芸は利口なほうの猫もついに覚えませんでしたが。

 しかし、猫は芸を覚えはするけれど、犬のように嬉々として芸をするわけではなく、あきらかに迷惑そうな顔で芸をします。本人「つきあってやっている」つもりなのだと思われます。

 なぜかといえば、そこが犬と猫の大きな差なのですが、犬は人間を群れのリーダーだと思っており(家族が4人くらいいると、自分を下から2番目の地位に置くという意見もある)人間の命令で芸をして、褒められるのはけっこう嬉しいと犬は思っているようである。
 また相手をリーダーとまでは思っていない場合でも、群れの仲間としては見ているようだ。


 対して猫は、人間は自分の下僕くらいにしか考えていない。したがってエサをもらうことも、ブラシをかけてもらうことも、下僕の当然の仕事だから、まったく感謝はしない。なつきはするが、迎合はしない。

 猫は自分の名前はすぐに覚え、またいくつか自分に関係のある人間の言葉もちゃんと覚えている。だが、「猫なんかよんでもこない」のである。
(犬のような猫といわれる猫種や、個体差によって呼ぶたびに来る猫もいる)

 猫が熟睡しているのではないときに名前を呼んでも、完全無視を決め込む。しかしよく観察すると、寝ているようでも、名前を呼ばれるたび、片耳だけは声の方向にピッと向けている。
 でも知らん顔。これが猫だ。




「レイちゃんの猫グッズ」サイトはこちら
http://www7b.biglobe.ne.jp/~nekogoods/index.html






2014年7月1日火曜日

振り込み手数料を引かないで


振込手数料について

 個人事業主(=フリーと考えて下さい)のアニメーターのみなさん、請求書の控えは保存してありますか。また古い銀行通帳も保存してありますか。

 もし両方がとってあるのなら、自分が請求した金額と、振り込まれた金額を、比べてみて下さい。当たり前のように「銀行振り込み手数料」が請求金額から差し引かれていると思います。
 これはじつは「違法」なのよん(^^;) 民法では以下のように決まっています。 


※振込み手数料について 
原則として、振込み手数料を賃金から控除することは、賃金全額払いの原則および民法の諸経費債務者負担に反し違法です。

(労働組合と会社とが、いろいろな条件付きで契約をかわしたときなどが、原則が適用されない例ですが、そんなことは通常ないですし、フリーのアニメーターには無関係なので割愛します)


 ちなみに社員は振り込み手数料を引かれていません。もし社員に手数料を引いた賃金を振り込んだら、誰か即座に労働基準監督署へ走ると思います。そういう法的大問題なのです。

 そして現に法が上記のようになっている以上、フリーのアニメーター、演出、仕上げ等々のみなさんも、本来は法に守れていなければなりません。
 でもアニメーション業界は、なんと無法地帯なのですよー。
「振り込み手数料」は引かれるものだと勝手に納得しないで、「これっていいのかな?」とみなさんも考えたほうがいいんじゃないでしょうかね。

 わたしはこの「振り込み手数料をギャラから差し引く件」については「消費税問題」より「あまりにセコイ」と思っています。なぜなら消費税は、制作会社が国へ納める分もありますが、こと振り込み手数料に関しては、すべて会社の利益となるからです。

 わたしの実例を一部挙げます。(金額については、制作会社の取引銀行と、神村の銀行が同じか違うかで出てくる問題で、人によって変わります。ですから多いところが問題ということではないです。ま、全部。問題であることはかわらないんですけどね(^^;))

「振り込み手数料の金額(消費税5%のとき)」
T社  1,050円
S社  840円
S社  315円
G社  735円
W社  420円
T社   525円

 わたしはアニメーターとしては不器用で、キャラを覚えるのに半年かかるため、5カットだけ手伝うというタイプの細切れ仕事は、作監か監督が友人で「キャラ似なくてもいいよー」と言ってくれるときくらいしか基本的にしません。
 通常は同じ1作品をずっと続けます。どうしようもなく重なってしまっても2作品同時進行くらいです。したがって振り込み回数もそれほど多くはないです。それでも年間にギャラから引かれる振込手数料は2万円をこえることがあります。
 (あ、これ通信費か管理諸費で必要経費になるからね。おぼえておいてね)


 ねえ、みんな、「ふ~ん」とか言っていないで「ギャラから2万円も引かれているのか!」と、特に収入200万円台くらいの若者はΣ( ̄ロ ̄lll) こんな顔で驚愕してほしいのよ。
 あきらかにもらえるはずの2万円なんだよ。1,000円のランチが20回食べられる金額なのよん。

 ちなみにアニメ業界以外からの振り込みで、振込手数料を差し引かれたことは一度もありません。それが常識だから、というより差し引いたら違法だからなん・で・す、よっ!(風祭警部的に)



 この振り込み手数料を差し引いて振り込むという問題には、違法性とともに、経理担当が振り込み時になんらの考慮もしていないということがムカッときますのことよ、わたくし。
 それは上記の振り込み手数料金額のばらつきを見ればわかるとおり、どうせ会社が払うお金ではないからと、840円、1,050円など、振り込み手数料が割高になることがわかっていながら、全員分の振り込みを、自社の取引銀行で一括してすませていることです。
 せめて315円の銀行へ行ってほしい。

 個人的には、よく少額の振り込みから1,050円も引けるナァ、と思う。いくらなんでもかわいそうと思わないのかナァ。

 これがもし法を遵守し、振込手数料を差し引かないで支払うなら、経理担当はおそらく、手数料が一番安くなるよう、振込先の銀行とおなじ銀行を何軒もはしごして回るはず。
 
 人の金だと思うと使いっぷりがいいですよね(^^)


 いま現在のアニメ業界スケジュールでは、みなさん多数の作品を少量ずつ請け負っていると思う。そうすると振り込み回数が増え、差し引かれる振り込み手数料の年額はハンパないと思うのですが、どうですか。
 たまには計算して「えっ! こんなに」と思った方がいいかもよ。

 しかも一回の仕事が少量ずつの場合、例えば1万円の中から1,050円(今後は1,080円)ずつ毎回引かれて、それであなたは困らないの? ギャラの1割以上を違法に差し引かれているんだよ。


 いや、えらそうに言って申し訳ありません。じつはこの振り込み手数料の問題は、ずっと違法と知りつつ、わたしもなんらの対策をしてこなかったのでありますm(_ _)m

 なぜかというと、制作会社にしても下請けの有限会社にしても、相当数の振り込みがある中で、たった1枚の振込用紙だけ手数料を会社持ちで経理作業ができるかというと、現実的に考えて、頼んでおいても絶対にミスをすると思うのね。
 消費税ですら、かなりの時間と労力を割かなければ、制作会社の経理が「消費税を払うリスト」に載せてくれない。その上、振込手数料を差し引くのは違法、という話がまともにすすむとは思えなかった。

 また制作会社や下請け作画会社にとって、振込手数料は全体に関わる問題なので経理的影響が大きい。
 いまのようなバラ出し当然状態で作業している場合、原画の人数だけでもテレビシリーズ1本で20人を超えることなどごく普通。その人数分の振り込み手数料を負担することに対して、会社側はかなり腰が引けるはず。

 消費税と違い、「この人には払う」という差別化は、多くの人が納得してくれないであろうことがあきらかだしね。

 でもね!

 振り込み手数料は、ギャラの一部ですから、本当はもらっていいんです。いつか絶対に取り返して下さいね、みなさん。

 最後に、東映アニメーションは振り込み手数料を差し引かない。これは「さすがに老舗の看板は伊達じゃない」とわたしは思ったことを付け加えておきます。









2014年6月24日火曜日

国民健康保険は選んで入ろう

国民健康保険は選んで入ろう


 アニメーション業界で働くみなさん、 少しでも保険税額をおさえるため、国民健康保険は比較検討して一番お得な保険を選びましょう。保険税額が減らせたら、その分収入が増えたことと同じ、という考え方をしてみてはどうですか。

 幸い、アニメーションは映像産業なので、いくつかの有利な国民健康保険を選ぶことができるのです。知らなかった?

 誰にどの保険がお得になるか、記憶でざっくり表にしました。正確を期してはいません。また保険組合同士で重なってくる部分もありますよ。

 でもこのなかで、だいたいの目星をつけたら
http://www.janica.jp/bunbi/kokuho0207.html ここに「保険料の試算プログラム」がありますから、試算して確認をしてください。

(※課税所得金額というのは、総所得から必要経費や保険料を引いた残りの金額)


 文芸美術国民健康保険組合は、団体加入であることが条件なのが少々めんどうです。そしてその名のとおり文筆業と芸術家しか入れません。人によっては夢のようにお得な保険なのですが、アニメーション産業で加入できるのは実質アニメーター、演出、背景、CGくらいです。これは文芸美術国民健康保険組合が審査して決めていることなので、どうしようもありません。
 なお、職業を偽って加入すると行政指導が厳しくなっているおり、あとがコワイです。
 ただし、何度でも入ったりやめたりすることが出来るのは利点です。

 東京芸能人国民健康保険組合は、アニメーション産業の人なら経理、総務等の専門職を除き、ほぼ入れますし、個人加入なのが気楽ですね。
 そしてサービスでくれるお薬セットがなにげにお得。1年間、お薬を買わなくて済む感じ(^^) ただし、一度抜けたら二度と入れないので注意してね。


 どれも○○国民健康保険という名称でしょう。つまり基本的にこれらも市役所で入る国民健康保険と同じ国民健康保険なのです。みな昔々、特例で優遇されて作られた国民健康保険なんですけど、いまさらつぶせないという感じでいまも残っています。
 ま、合法的に利用できるものは活用しましょう。


  資料によると、健康保険税を滞納して保険証を持っていない人は、病気になっても病院に行かない率が高いです。そうこうするうちに、病気を悪化させて死に至ることもすくないないそうですよ。

 会社の社会保険に入れたら一番いいのですが、ほとんどのアニメーターには無理な話。だから国民健康保険には入っておいたほうがよいと思う。
 でも健康保険税、以外に高額ですよね。


 それでも1回滞納してしまうと、収入の少ないアニメーターには次がきつい。滞納し続けると2年間分まとめて払わされますが、現実問題としてこれができる人は滞納など最初からしないでしょう。
 しかも滞納金の加算税は年14.6%で、これはサラ金とたいして変わらない利率なので、銀行預金の利率が0.0いくつ、という時代においてはけっこう恐ろしい利率ですΣ( ̄ロ ̄lll)


 だから、新人アニメーターはしばらくのあいだ、親の保険に入ったままでいてください。それが一番安全です。


 40歳代、50歳代になり、けっこう所得もあるはずなのに、国民健康保険に入らない人もいます。するとやはり病院には行きづらいようで、病気をこじらる結果になったりします。
 また業界では高額所得者の部類なのに延々と滞納しつづけている人もいます。この年代、収入の人になると自分の意思でしていることだから、自己責任かなあ(^^;) 

 あと、非常にめずらしい考え方のアニメーターもいて、50歳代をすぎていますが、一度も健康保険税を払ったことがないのだそうです。でも国民年金はきちんと払っているの。
 普通のパターンと逆ですね。本人曰く
「年金は必要だ。だけど私は病気しないから健康保険はいらないんだ」
・・・だって。
 いままで運がよかっただけだと思うけどナ。


 人間誰でも、どんな病気になるかわからないと思う。国民健康保険には入りましょう。国民健康保険に入ってさえいれば、大手術、入院となっても8万数千円の支払い限度額が決まっており、たとえ200万円の医療費がかかったとしても、190万円以上は返ってきます。
 最初に200万円が払えないときは、そのように申請すれば最初から払わなくて大丈夫。

 日本の国民皆保険制度って優しいなあ。







2014年6月19日木曜日

消費税が上がって原画料は上がったか?

消費税が上がって原画料は上がったか?

2014年(平成26年)4月1日
 消費税が5%から8%に上がりました。

 あなたが4月1日前後に、同じ作品の原画を描いていたら、自動的に128円ていど原画料が上がったはずです。1カット4,500円の作品ですと、計算式は下のようになります。

(原画1カット)4,500÷105(原画料+消費税5%)×108(原画料+消費税8%)=4,628円。

 みなさん、原画料上がりましたよね? え、上がっていない? おかしいね。スーパーでもコンビニでも消費税分値上がりしているのにね。

「消費税が上がったのに、どうして原画料は上がらないんだろう」って、少し考えてみたほうがいいと思うよん。なぜなら「どうして?」と、疑問を持たない限り、原画料に消費税率が反映されることは永遠にないからなんです。


 だいぶさかのぼりますが、アニメーション業界での消費税についてお話しします。めんどうな部分は割愛したので、別にむずかしくないです。読んでね(^^)/

 アニメーション業界では消費税が導入された当初から、個人からの請求には消費税を払わず、その分を会社の利益にする方式がなんとなくスタンダードになっています。
 最初の消費税は3%でしたから、もともと収入の少ないフリーのアニメーターにとってそれほど気になる金額ではなかったということもあったのでしょうね。

「ギャラに消費税を付けてほしいのねん」
 と、あのときアニメーター側から言わなかったことが、今現在、そして今後、消費税率が上れば上がっただけ、「あとの祭」問題になっていくのです。
 次回の消費税増税で消費税はついに10%にまで上がります。そうすると、ある程度の収入があるアニメーターにとって、消費税分をもらえるかもらえないかは、気にならないといってはいられない金額になります。月収が50万円なのか55万円になるのかは、けっこう大きな違いでしょう?

  アニメーション業界の制作部、経理は長い間、消費税について次のような立場を取り、説明をしてきました。
 ・制作会社は、下請けの株式会社や有限会社の作画スタジオ等には消費税を払う。(神村メモ ※これは下請け会社が法人税法で経理をするため、消費税を払わないわけにはいかないからです)
 ・しかし個人に消費税を払う必要はない。

 ・・・とね。

 個人に消費税を払う必要はない、というのは間違いです。消費税法のどこにそんなことが書いてあるのか、その根拠を明確にしてもらいたい(^^;)
 税法上は法人であれ、個人であれ、ギャラに消費税を加えて支払いをしなければなりません。
  制作会社の経理がその程度のことを知らないはずはありません。ではなぜ、個人の請求には消費税を付けてくれないのかといえば、それは当事者であるアニメーターたちから、なんの文句も言われないからです。
「消費税を付けるのは会社からの請求だけなんだよ。個人は該当しないよ」
 と制作や経理に説明され、
「あ、そうなんですか」
 と鵜呑みにしてしまうアニメーターたちの不勉強さにも、ある程度の問題はあるでしょう。
 そうはいっても!

 税法に詳しいはずの経営者や経理が、「相手がくれと言わない金を、わざわざ払ってやる必要はないよね」と思っているとしたら、それはいささか情けない、というか、せこいのではないですか。
 とはいえ、消費税導入当初から、個人への支払いに、黙っていても消費税分を上乗せして支払っていたシンエイ動画のような例もあることはあった。

 ちなみにアニメーション業界以外で仕事をしてみると、個人への支払いに消費税を外税で付けてくるのが社会の常識だとわかります。雑誌にイラストを描いたり、イベントで講師をした場合などですね。
 
 アニメーション業界って非常識なのですよ。

 消費税が導入された時、いずれ3%の税率は徐々に上がり、イギリス、フランスのように15%、20%となっていくであろうことは、誰もがわかってはいたのだった。わたしも当然そうなると思った。
 ということは、今は3%なので原画料にそれほどの差は出ないが、これが仮に10%になったなら、年収100万円と110万円では大きな違いが生ずるなァ、と考えた。
「消費税分はちゃんともらわないといけないな」
 と、わたしはそのとき思ったんである。だからわたしは、請求書には必ず外税で消費税を加えることにした。すると請求したままの金額を振り込んでくる会社もあった。まれにね(笑)
 しかし、ほとんどの会社は、請求書を出した本人になんの連絡もないまま、当然のように消費税分を引いた金額を振り込んで来たんだナァ、これが。
 請求書の金額より少ない金額に変えて振り込みをするなんて、常識で考えたらあり得ないでしょ、あなた。普通なら絶対に問題になりますよね。アニメーター、なめられすぎですよ。

 わたしの場合、税務署にいろいろ教わった上で、外税の消費税額を加えた請求書を提出しています。税務署の説明および対応は人により様々で
「消費税を払わないのは税法上の違反行為です。会社名を教えて下さい。経理部に行政指導します」
  という方や
「残念ながらそこは力関係になるでしょうね。あとで消費税分は内税だと言われるケースもあります。1000円でしていた仕事が、消費税が上がってもおなじ1000円のままというのは、実質的に一方的な賃下げをしてきているということです。商道徳的にも、税法的にも問題のある行為だと思います。しかし、それでも仕事をもらいたい、という状況が存在することも確かです」
 と、現実的な説明をしてくれる方もいらした。

  つまるところ、アニメーター側がどのような対応を取るかは、自分次第だということですね。

 さて、消費税分をスルーされたわたしは、担当プロデューサーや経理に電話して
「最初に内税と聞いていないから、消費税分がほしいなー。収入が安定しないアニメーターにとって、これは大きな金額なのよん」
とお願いした。するとこのとき複数の会社が似たような説明をしたのだが、
「個人の場合、2,000万円以上の収入がある人にだけ消費税を払うと決まっている。2,000万円以上の収入があることを証明する文書を提出したら、消費税を払うよ」
・・・だって。

 あのね、そのような決まりは存在しませんから(^^;) いったい誰がどこで、そんなことを決めたのよ、って感じ。
 
 でもその説明は、論理的には「原画料の消費税は外税です」と認めていることになるのよね。消費税は、収入額に関係なく払わなければなりません。というより、アニメーターなんて収入少ないんですから、消費税分くらい払ってあげてほしいのことよ。

「税務署はそんなこと言っていませんでした」と何度、各社の経理に教えてあげたことか。
「やーね、ホントは知っているくせに」
 なんて、決して言いませんでしたよ。わたしの目的は消費税分を正当にいただくことであって、経理の揚げ足を取ることじゃありませんからね。
 そのようにしてわたしは制作会社に交渉し、消費税分をほとんどの会社からもらっていました。「特別に払うから、他の人には言わないでね」といった会社もありました。

「わたしは消費税分、もらっているよ。言えばくれる、言わない人にはくれない」
 だから、みんなもらえばいいのに、とアニメーターたちにも勧めました。でも、皆さん、なかなか動かない。たしかにめんどうなので気持ちはわかるのだが、前例を作らないとなにも変わらないのが世の中だ。

 これを読んでいるアニメーターたちのみなさん、誰か消費税をもらってみませんか。前例は作っておきましたので(^^)

  最初の話に戻りますが、消費税が5%から8%に上がったまさにその時、同じテレビシリーズを続けていて、1カットの原画料が変わらなかった人が必ずいると思います。
 それ、おかしいと思いませんでしたか。本来なら消費税額3%分だけ、原画料が上がるはずなのです。こういうあからさまな状態に遭遇することはめったにないと思う。そういうときくらい「消費税上がったから、ちょっとだけ原画料もあげてほしいのねん」と制作さんにお願いすることは、力関係がどうであれ、まったく問題はないと思いますよ。